ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

ゴンゾウさん【麦酒】

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GONZO Imperial Porter, Flying Dog

 

 店の入り口には、飲み友達の死亡を伝えるA4版の紙が貼られている。音響監督として四半世紀にわたって勤務していた、となりの劇場に掲示されていたものだったのだろう。はやいもので、ことしの3月6日で2年になる。
 春の兆しがやってきたこの時期に、結氷下の池で寒中水泳中、事故で死んだ。──ゴンゾウすぎだ。

 

 ところで、アメリカ合衆国には、かつて「ゴンゾウ」つまり「気狂い」と呼ばれた国民的なジャーナリストがいた。ハンター・S・トンプソンのことだ。
 2005年2月20日の午後5時42分、コロラド州ウッディ・クリークにある自身の農場にて、銃で自殺した。

 日曜日だった。空はどんよりと曇っていた。あるいは晴れていたかもしれない。タイプライターには、一葉の紙が残されていた。そこには「2005年2月22日」という日付と、「カウンセラー」という一語だけが刻印されていた。

 

 この時期にかぎったことではないにしろ、たしかにカウンセラーは必要かもしれない。──などとおもいながら、そのゴンゾウに捧げられた麦酒をのむ。カウンセラー代わりになるとはおもわないが。

 

 

 使用モルトは"CARAMEL, BLACK, CHOCOLATE"とある。三種の調和。ホップはCascade と Northern Brewer。アメリカン・エイルとイングリッシュ・エイルの二種の酵母による上面発酵。

 ビアスタイルの定義に似つかわしく、黒い。ひたぶるに黒い。そのほかの点でも、現代のポーターの代表的なイメジに合致する。ボディはしっかりしすぎず、ロースト感も際立ってはいない。むしろ、フルーティなエステル香に満ちている。チョコレート香もほのかで、ホップも苦すぎず、モルト由来の甘みも……すべてがちょうどいい。漆黒の闇のなかにすべてが調和している。アルコールはしかし、9%を超えており、のちのち、がつんと効いてくる。

 あるいは、いっけん調和を保っているかのようにみえる、心の闇。どいつもこいつもゴンゾウだ。だとしたら、のまなきゃ損だ。

 

 

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参)映画『GONZO〜ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて〜』2008

www.youtube.com

 

 

 

 

コンコルドは駄目な飛行機だったのか

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photo by johnrp

 「夢の超音速旅客機」とよばれたコンコルドの初飛行から、人類はきょう、50周年をむかえた。

www.bbc.com

www.thelocal.fr

 1969年3月2日のことで、一説によると、近代の現代への移行がはじまっていたころだ。
 パンナムJALなど、おおくの航空会社から注文を受けていたが、オイル・ショック等の影響でキャンセルが相次ぎ、けっきょくエール・フランスとブリティッシュ・エアウェイズの二社のみによって運用された。1962年にはじまった、英仏両国の共同開発には、すでに巨額の資金が投じられていたために、止めるに止められなかった──という話も有名で、「コンコルド効果」という概念を産んだ。

 われわれ同時代人には記憶に新しい、2000年7月25日の離陸直後の墜落事故で強烈な印象を残したのち、航空需要の落ち込みによる収益の悪化などのため、2003年に全機の退役が確定した。

gigazine.net

 ところで──先月16日に芥川賞を受賞した、上田岳弘『ニムロッド』を、さいきん読んだ。つとに天才の呼び声のたかかった作家の作品も、着想や構成は上手だとわかっていても、どうも地の文章やなにかが退屈で、これまで読了したことすらなかった。だが、今作はちがった。いろいろのディテールがきちんと有機的に結びついて物語となっており、おもしろくて、ひと息に読んだ。
 作中、人類の営みを暗示するひとつの「パーツ」として、「駄目な飛行機」を紹介するウェブの記事がでてくる。

matome.naver.jp

 コンコルドの場合、空の安全にとっての教訓や人柱を生じたという意味で、この作品内にいうところの駄目な飛行機となってしまった観もある。あの事故調査の結果、不備も見つかり、さまざまな改良や安全対策が施されたが、としても、それはどんな機種の航空機でもあることで、それのみをもって欠陥機だと指弾することはできない(商業的な面にかぎっていえば、はっきり数字でダメということになってしまうが)。

 どんな革新的なテクノロジーも「駄目」の烙印を押されうる。だから読者としては、「駄目な飛行機」という概念そのものに異議を唱えたくなるわけだ。これもひとつの、あの作品の読み方であり、著者も意図した含意であろう。

 ちなみに、同作には、「ホーカー・ニムロッド」と「ホーカー・シドレー・ニムロッド」を混同したような記述がみられた。ひょっとすると、意図的なものかもしれないが。とまれ、このような重箱の隅をつつくような点以外には、不満の余地のない作品ではあった。

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

 

あたらしい普通

 旧友に会った。かぞえてみたら、すくなくとも4年ぶりだった。

 ブルーの照明が派手な、流行っているらしいバーでビールをのんだ。ベルギーの"Hoegaarden White" 

 ほんとうは「フーハールデン」と発音されるが、本場ベルギーやオランダ以外では、バーのひとにすら通じないとおもう。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/61nSd2MjPFL._SL1000_.jpg

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71PNSWO0X4L._SL1500_.jpg

 ──じゃ、送っていってやるよ。

 ──おい、呑んだだろ。

 

 車の運転に際して、ビールくらいなら、この大陸では誰も目くじらは立てない。といっても、こっちの生命が関わることだから、酒気帯び運転厳禁というのはゆずれない。しかし、けっきょくのところこれまでも「郷に従って」生きてきたのだが……こういう逡巡も、いずれ自動運転が普及するまでのことだろう。

  ひるがえって、祖国日本をおもうと、自動運転なんか、かんたんには普及させまい、という風潮になるのではないか。あの国は、無駄に規制が多い。

 さいきんの報道をみるにつけ、日本では、既得権益保全ばかりが盛んで、つぎつぎに規制ばかりが誕生し、あたらしい商品や利便性の高いサーヴィスが潰され、ひいては、あたらしい消費文化の芽が摘まれてゆく。若者の消費ばなれ──などというものがあるならば、それを促しているのはだれだろう。「低賃金」以外で。

 

www.itmedia.co.jp

 

 ヨーロッパでは北欧を中心に以前からある、「自由なダウンロード」を人権の一部だと主張する政党も、日本ではまだ生まれていないみたいだ。

 そんな保守的な日本ではむろん、大麻なんていったらば、とんでもないことなのだろう。

gigazine.net

 

 個人的には、大麻なんぞ地上から絶滅してしまっても、いっこうに構わない。要らない。

 けれども、もし合法化されると、国家や社会におけるさまざまな問題の解決に、選択肢が増えることになる。

 まず、国の財源になる。許認可制ないし免許制にして、審査をかっちりやることにすれば、役所の利権がまたひとつ増える。その過程で、敵対的な周辺の国や反社会的組織の資金源を断つこともできよう。また、合法的なソフトドラッグがあるのだから、わざわざ得体の知れない「危険ドラッグ」に手を出すひとも減るだろう。気分障害の患者や、自殺するひとも減るかもしれない。つまりは消極的な少子化対策たりうる。遺伝的にアルコールが嗜めないひとにとっては、気ばらしの手段ができる。煙草から乗り換えるひともあろう。すると、医療費や司法コストが削減できる。

 あたらしいノーマル──新しい文化が、ふつうの文化、ひいては日常の一部になってゆく。時代はつねにうごいている。

 

www.youtube.com

 

 

参)「ヒューガルデン」こと「フーハールデン」も関連する記事:

president.jp

 

 

 

CITRA®の時代【麦酒】

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こんな時代がきたのだ──Chroust Age of Citra

 『エイジ・オヴ・エンパイア』というMicrosoftのゲームのソフトがあった。どのくらいのまえの話だろう。15年くらいまえ?

 あの頃、まだ存在しなかった品種のホップ。それをフィーチャーしたIPA。その名も「エイジ・オヴ・スィトラ」。

 アメリカンIPA醸造には、もはや定番となった観があるCitra。世のIPAブームを象徴するようなホップで、それだから「Citraの時代」といっても、決して過言とはおもわれない。

 登場はつい2007年のことだった。それから10年あまり。作地面積は右肩上がりで、2015年から昨年までの3年でも2倍以上になっている。
 

https://www.hopbreeding.com/img/basket/Citra.jpg

 

 もともとのコードを"HBC 394"といって、HOP Breeding Companyによって栽培された。よっつの品種が掛け合わされて生まれた── Hallertau Mittelfrüh、US Tettnang、Brewer's Gold、East Kent Golding。これももう、あちらこちらに書かれている。

 ゆたかな苦味も持ち味だが、おもに芳醇なアロマを付加する目的で使用される。香味は、名のとおり柑橘系、それにトロピカルフルーツ系。例として挙げられる香りは、グレイプフルーツ、メロン、ライム、グースベリー、ざくろ、ライチ等々……。

 そんなCitraを堪能できる、すばらしい香りの一杯。それに尽きる。

 といっても、「スィングル・モルトIPA」とか、「セッションIPA」とか名づけられてるわけでもない。──でも、そんな言い訳めいた断り書きなんか不要だ。いまや、Citraの時代なのだから。

 

 

*CITRA® - HBC 394

出典:Hop Breeding Company, LLC (HBC)

https://www.hopbreeding.com/

 

アエロ社、創業100周年

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/Aero_L-159_%286063%29_in_flight_%281%29.jpg

  きょう、2019年2月25日、創業100周年を迎えた航空機メーカーがある。

 アエロ・ヴォドホディ社がそれで、現行の名称を、AERO Vodochody AEROSPACE a.s.と称する。1919年2月25日、チェコスロヴァキアで設立された。プラハ近郊、人口6000人ほどの町、オドレナ・ヴォダに拠点を置く。こんにちまで通算で1万1000機を製造してきたという。

ct24.ceskatelevize.cz

   

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旅客機、Aero A-10は、1920年代に5機が製造され、プラハ=ベルリーン線などで運用された。

  "Ae-01"機こと、第一次世界大戦で使用された複葉機であったハンザ=ブランデンブルクB.Iのライセンス生産から出発した同社。だが、もっとも知られているのは、単発ジェット練習機、L-39アルバトロスにおける成功であろう。1970年から1999年にかけて、およそ2900機が製造された。初飛行は1968年ながら、いまだに旧共産圏を中心に世界各国で多数が運用されている。さらに、派生型のL-59 スーパー・アルバトロスや、その発展型L-159 ALCA、近代化型L-39NGも開発、少数ながら輸出にも成功している。

 2018年夏には、英国ファーンボロ国際航空ショウにて、その性能向上型多目的機、F/A-259ストライカーを発表した。イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)社と共同開発の形をとり、近接航空支援や国境監視任務などに主眼をおいていると伝えられている。

 ほかにも、エアバスA220(ボンバルディアCシリーズ)の翼部や、UH-60Mブラック・ホークのコックピットなどの部品を供給しており、軍用双発輸送機、エンブラエルC-390の開発にも参画している。

 冷戦時代のワルシャワ条約機構の枠内では、練習機の域内への供給だけでなく、たとえばMIG-15からMIG-21までのライセンス生産という役割を担ったにしろ、現在にいたっても小国の航空機メーカーが生き延び、成功しているというのも、いささか驚くべきことではないだろうか。

    同社の公式動画(2016年)

www.youtube.com

 

攻撃機、L-159 ALCA

www.youtube.com

ドナルド・キーン【訃報】

 巨星墜つ。大往生といってよい、96歳。

 ご著書で勉強させていただいた。ぜんぜん足りないけれど。手もとにもある。

 さいきんでは、いわゆる〈日本人論〉における「日本特異論」に似たような思い込みが、当の日本のひとびとに蔓延しているのを指摘して、やんわり批判するかのようなエッセイも書かれていたとおもう。印象にのこっている。

  

www.nikkei.com

www3.nhk.or.jp

  

  若き日にニューヨークで、アーサー・ウェイリー訳『源氏物語』を、49セントでぐうぜん手に入れ、戦争もあり、曲折は経ただろうが、その15年後には中尊寺に参詣。爾来、日本のことを考えなかった日はない──なんとしあわせな人生だろう。

 

 近代文学史の生き証人でもあった。興味深い証言もでてきた。

 

特に親交が深かった三島由紀夫ノーベル賞の関係については「三島さんは、本当は自分が欲しかったけれど、川端先生の受賞を純粋に喜んだと思います。三島さんにとって川端先生は、尊敬する恩師でしたから。川端先生の受賞が自決することの引き金だった、という考え方もあるようですが、そうとは思えません。個人的には三島さんに受賞して欲しかったので、必ずチャンスは巡ってきて受賞できたはずだったと思っていますからもっと生きて欲しかったと思います。夢のような話ですが、三島さんが生き返って受賞して欲しいと思うことさえあります」と語っていました。

 

また、川端康成については「川端先生の死について、ノーベル文学賞の受賞者としてレベルに達した作品を書けなかったからその苦しみに耐えかねて川端先生は死を選ばれた、ということも考えられます。私自身もそう考えたこともありました。しかし川端先生は、美に対してはかり知れないほど繊細で、優れた感性をお持ちでした。そんなことに死を選ばれた原因があるのでは、と思うこともありますが、みな想像にしか過ぎません。川端先生が私に示して下さった慈愛に充ちた温かさは今もって身に沁みて感じます」と振り返っていました。

 

www3.nhk.or.jp

 

 https://amd.c.yimg.jp/amd/20190224-00000546-san-000-1-view.jpg

https://www.sankei.com/images/news/190224/lif1902240066-p1.jpg

 

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71iHpijhgvL.jpg

  

 

 

ドナルド・キーン自伝-増補新版 (中公文庫)

ドナルド・キーン自伝-増補新版 (中公文庫)

 

  

果てしなく美しい日本 (講談社学術文庫)

果てしなく美しい日本 (講談社学術文庫)

 

 

www.iza.ne.jp

 

 

プロイセンの木苺【麦酒】

 はじめてベルリーンに旅したのは、もう20年も前になってしまった。ミーハー旅行者だから、とうぜん、名物「ベルリーナー・ヴァイセ」を飲んだ。「ベルリーナー・キンドル」ブランドが、つとに名高い。

 大の男がのむもんじゃあないけどな──というのが、その後に出会ったドイツ人たちの、おきまりの言だった。

 甘酸っぱくて、低アルコール。ちっちゃな脚つきのグラス──たしかにそうかもしれない。

 しかし、ほうぼうに建ったマイクロブルワリーと、そのクラフトビール製品の情報が世界中でシェアされる時代になると、あちらこちらで見かけるようになった。そして、大の男がのんでいるのも、けっこう見かけるようにもなった。

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Berliner Frucht Weisse - Himbeere

 

  • 名称:Berliner Frucht Weisse - Himbeere
  • ビアスタイル:ベルリナー=スタイル・ヴァイセ
  • 初期比重:11°
  • アルコール:4%
  • 醸造所:Berliner Berg Brauerei
  • 所在地:ベルリーン、ドイツ

 

 ナポレオン戦争の際、ベルリーナー・ヴァイセを味わったフランスの兵隊が「プロイセンシャンパーニュ」と呼んだという逸話があるそうだ。先日の「Brut IPA」が「辛口シャンパーニュ」だとするならば、こちらは「甘口シャンパーニュ」といったところ。この名物に、定番のフレイヴァーでもある、ラズベリーの風味がつけてあるヴァリエイションが本品。

 液色は、ばら色ないし、濃いピンク色。ルビー色とも言える。「ヴァイセ」というのはむろん、小麦麦芽を使用した上面発酵の酒を指しているとはいえ──白くはない。ビリビリ感は、このスタイルにしては、やや高めか。ボディは弱い。酸味は重厚にして複雑で、微生物のはたらきの神秘を感じる、といえば大げさだろうか。

  風味全体の印象はなんといっても、ヒンベーレ。つまりラズベリー神話によれば、ゼウスの養母が摘み取ろうとした際に指先を傷つけ、その血の色がついた木苺──ということらしいけれども、現代人にとっては、これはポリフェノールを連想させる色だ。いろいろのご利益があるかもしれない。

 

欧州で4番目にうつくしい階段→ (゚д゚)

 TVシリーズ"Kommissar REX"はウィーンが舞台になっており、観光スポットもよく登場する。しかも、懐かしい2000年前後の町の様子が拝める。

 あるエピソードで、事件の真相に注意が向かわず、現場に目がいったのは、階段に見おぼえがあったからだ。

 目抜き通りのマリアヒルファーから折れると路地裏にすぎないが、そこにじつに印象的な空間がある。ユーゲントシュティールの装飾がみごとな屋外階段。
 

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欧州で「第4位」の屋外階段《フィルグラーダーシュティーゲ》@googlemaps


 ウィーン市の説明によると、「2004年、この階段はイタリアの"Marketing e TV"社により、ヨーロッパで4番目に美しい階段に選ばれた」とある(1番目から3番目については言及されていない)。

 テーオバルトガッセからフィルグラーダーガッセに下る階段がそれにあたる。フィルグラーダーガッセ8番と10番の建物のあいだに位置し、《フィルグラーダーシュティーゲ》と呼ばれている。

 マクス・ヘーゲレ(1873-1945)の設計にもとづいて、1905年から1907年にかけて整備された。ゼツェスィオーン様式の特徴がちりばめられている。1981年に閉鎖され、1982年から1984年にかけて修復がおこなわれた。花崗岩の部材や、欄干、窓、門扉といった金属部分が比較的あたらしく見えるのはそのためだ。

 なにか、「こっち見んな」といわれているような気もする → (゚д゚) 

ボヘミアン・ブリュト、プラハの辛口

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OP/ Cobolis Brut IPA

 隣接したり、先行する分野の用語を借用するのは、どのようなセクターでも、よくあることだろう。

 麦酒の業界では、ワインの用語がそれにあたる。ワイン醸造が、もっとも洗練された理論的なバックグラウンドを有している──と思われているからだと想像する。

  "Brut"(ブリュト)といえば、シャンパーニュのエティケットにみられるフランス語の表現で、リキュール添加の少ない製品の分類を意味し、「辛口」などと訳される。これが、比較的あたらしいクラフト・ビールのスタイルの名にも用いられている。 

 "Brut IPA"というスタイルは、2017年11月に生まれた。サン・フランスィスコはSocial Kitchen & Breweryで、Kim Sturdavant氏がはじめて醸造した。

 ニューイングランドIPAに似て、苦味に資するホッピングは控えめで、ホップの使用は、アロマを引き出す目的に傾注されている。さらに、アミログルコシダーゼなる酵素を用いて、アルコール発酵を徹底させることで、残留糖度をゼロにちかづけている。──これはなんのことはない、グルコアミラーゼ の別称で、日本酒にはふつうに用いられているのは周知のとおりだ。

 

  当該の製品は、そのプラハ版である。麦芽はBest Heidelbergで、小麦麦芽と米が副原料として1/4ほど使用されている。ホップは、Nelson Sauvin、Pacific JadeとPacificaが用いられている。酵母はLallemand BRY-97だそうだ。

 明色で、きょくたんにボディが軽い。副原料使用の目的がこれだろう。ホップの苦味もご案内のとおりで、無きにひとしく、ひかえめに柑橘系の香りがする程度の存在感におさえられてある。炭酸はつよめかもしれないが、のみやすいといえば、これ以上にのみやすいIPAがあろうか。──理想の地、シャンパーニュを目指して、それをイデアとして造られたスタイルにちがいない。

 中部ヨーロッパにもシャンペンに類似した発泡ワイン文化があって、ドイツ語で「ゼクト」という。ボヘミアでも「セクト」がおおいにのまれている。

 "Brut IPA" の意味するところが「辛口シャンペン風エイル」となるならば、これはさしずめ、「極辛ボヘミアセクト風エイル」ということになろうか。

 

*参照:

beerandbrewing.com

 

えなりるわっほなう──"Brexitの唄"

 えなりるわっほなう

  ──というと、なんのことか、わからないが、諏訪哲史の小説『アサッテの人』にある文言。 

「えなりるわっほなう、

えなってりえにえっさ、

あぽーまーせーとといーまーせ、

あびーじらにあうばったう、
あくらいびんとーざた、
いすーませーふお、
いなねほとぅ、
めきくりとふ、
えばわりらいえんよーしゃあーるっ、れっ、
たんでんいんざら、
あーらちゃ、
うえーぴーぽーせーいんまがーざったっしーすとーでな、
のぽーりなっりっめえーいにん、
めーあーぜーごほん、
ああざーでのおーまのん、
あろーなげんーぬ、なっちゅるい」 

 ──諏訪哲史『アサッテの人』〈講談社文庫〉(講談社、2010)81f.

 

 ギルバート・オサリヴァンの「Alone Again」の歌詞が、ひらがなで表記されたものだった。

 Gilbert O'Sullivan "Alone Again"

www.youtube.com

 

 音訳というのは、個人的に興味のある分野だが、原語の発音を日本語の音韻にする際、どの程度ディフォルメするか、翻訳者の匙加減にかかっている。

 小説自体は、芥川賞受賞作の佳作で「構成のための構成」──という観のある作品。去年の同賞受賞作は「描写のための描写」だったし、ことし、先月の受賞作は「説明のための説明」というような小説だった。だから、そうした基層的性質を徹底させることが、よい小説の条件なのかもしれない。

 語り手(書き手?)が、失踪した叔父の謎めいた人物像を、のこされた手記を手がかりに、「アサッテ的感性」の詳述を軸に描写、ないし造形してゆく──という小説の第一稿、という体裁の小説。

 メタ的な位相が目立つように書かれているのは、そもそも、それを批判する目的があった、と著者は文庫版あとがきで述べている。

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アサッテの人 (講談社文庫)

アサッテの人 (講談社文庫)

 


 想定されるBrexitの混乱もいよいよ迫ってきたなか、ホンダが、スウィンドン工場を閉鎖するという報道があった。ギルバート・オサリヴァンは、そのスウィンドンの出身。

 ──それは偶然としても、英国のEU離脱という政策は、どうも 、作中「アサッテ」と表現された、突飛な行動を連想させる。

news.yahoo.co.jp

www.bbc.com

ギルバート・オサリヴァン/アローン・アゲイン

ギルバート・オサリヴァン/アローン・アゲイン