ウラシマ・エフェクト

さいきん竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。西洋史、日本語教育学、演劇学。唎酒師、ビアテイスター。

ザッハートルテ【麦酒】

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Lucky Bastard/ Hellstrok Sacher dort

 

 ザッハートルテといえば、ささやかではあるにせよ、ウィーン観光の目玉のひとつで、これをアインシュペンナーやメローンジュと呼ばれるコーヒーといっしょに試食するのを、世界中からやってくる観光客がたのしみにしている。

 国立歌劇場(シュターツオーパー)の裏手の「ホテル・ザッハー」と、ホーフブルク宮から伸びる通り(コールマルクト)にある「カフェ・デームル」で、「元祖」と「本家」に相当するような、それぞれのザッハートルテを味わうことができる。同ホテルの創業者が若き日に修行したのが、帝室御用達の同カフェだったわけだが、両者の距離は、直線で500から600メートルしか離れていない。

 黒色にもちかいチョコレートの糖衣に覆われているが、ひと切れの断面を見ると生地は層状である。小麦粉やバターからできた甘いチョコレート色のケーキで、杏のジャムが甘酸っぱいアクセントになっている。

 

 さて、現在のチェコ共和国は「継承国家」と呼ばれる旧帝国領であるにも拘わらず、帝都ウィーンほど洗練されたスウィーツの類いが見られないどころか、貧相ともみえる惨状を呈しているのは、なぜか。生活水準の問題だ、といわれてしまえば身も蓋もないが、そもそも戦後のいわゆるベネシュ大統領令によって、「ドイツ人」とともにそうした文化を追放してしまったことがおおきく、共産化以降は「ブルジョワ文化」と見做されるような文物が敬遠されたことも理由だろう。「民族の意地」なんぞにあまり拘泥しすぎると、長期的には手痛い損失を被る──という点は、現代では英国のEU離脱にも通ずるような寓話ではなかろうか。

 

 ところで、「ザッハートルテ "括弧ビール"」とは、いったい何のことか。

 文化的貧困という旧宗主国へのコンプレックスを、ビール醸造において果たそうとした、モラヴィア醸造家による、いわばリヴェンジのようなものであろうか。

 「ウィーンの郊外」という異名──つまり、地理的、文化的にウィーンの延長にすぎないと揶揄されたブルノ市にも、さいきんは洒落のわかるブルワリーができていて、クラフト・ビールを出荷している。〈Lucky Bastard〉は、新興かつ小規模な醸造所ながら、見学させてもらう機会を得た数年前にはすでに、地元では定評があった。

 

 今回、店主の話によると樽4本分しか製造されなかったというビールの、貴重な1杯をいただいた。

 名称からの連想で、この国によくある出来損ないの自称クラフト・ビールにありがちな、どろどろに甘い、とても飲めたものではないような代物なのではないか、という憶測をもったが、杞憂だった。そこはやはり、さすがに〈Lucky Bastard〉だとおもった。

 色は漆黒、香りはやはりコーヒーないしチョコレートで、フルボディーではあっても、トルテというほど甘くない。むしろ、杏のジャムを模したものか、爽やかな酸味が支配的だった。

   

  • 名称:Lucky Bastard/ Hellstrok Sacher dort
  • ビアスタイル:フレイヴァード・ミルク・スタウト
  • 初期比重:17°
  • アルコール(ABV):6.8%
  • 醸造者:Středisko Pivovar Lucky Bastard
  • 生産地:ブルノ、チェコ共和国

  

   

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b8/Sachertorte_DSC03027.JPG

    * David Monniaux [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/)]

 

参考)

edition.cnn.com

 

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登戸事件

 先日、役所に用事があって出かけ、夕方のはやい時間に自宅へ歩いていると、飲み友達にでくわした。といっても、のんでいるとき以外に会うこともほぼなく、このところは一緒に飲むこと自体が、めっきり減っていた。
 ──その男の脚に、ちょろっと隠れたのである。ブロンドの少女が──恥ずかしがっているのか、おいおい、もう大きいのに、と父はいう。娘さんかい。可愛いな。いくつかな。あたし5さーい。そんなになるのか、早いなあ。……じゃあ、またな。ああ、また水曜の晩にでも。そうだな、ピヴニツェで会おう。

  小学校の低学年頃までならばとくに、欧州では親が学校の送り迎えをすることが多い。だから、日本の都会で小さな子がひとりで電車通学をする姿は、異様な光景として取り上げられたりしたものだ。だがそれも、過去の話になるかもしれない……

 

 プリウスなどの乗用車が突っ込んでくるならともかく、今般の登戸の刃傷事件のごときはしかし、どのようにしても防ぎようもない。日本でも子どもの送り迎えを──といっても、今回の「登戸事件」では、スクールバスまで見送りに来た父親も犠牲になったという報道であるから、けっきょく処方箋たり得ない。

 2019年5月28日朝7時45分頃、登戸駅からほど近い路上で、19人が襲われ、11歳の女児と39歳の男性が生命を落としたという。気の毒としか言いようがない。50歳台の被疑者も自ら首を刺し、のち死亡したと伝えられている。いまだ動機も不明だが、幸せな人生を歩んでいた人物ではあるはずがない。

 

 ほどなく、訪日中の米トランプ大統領からすら、お悔やみのことばがきかれた。それもそのはずで、事件は世界中の主要メディアで報じられていたのである。といっても、個人で確認したのは、英語、ドイツ語、チェコ語の記事のみにすぎないが。それでも、てのひらのスマートフォンでいろいろと閲覧できたのは、奇怪なほど便利な世の中になったおかげだ。

  たとえば、チェコの公共放送「チェスカー・テレヴィゼ」は、こうした日本の事件は、「BBCによると──」などと報じるのが通例で、要はパクリ記事である。BBCならば、さいきん話題の優秀な特派員が日本に駐在しているからまだ良いソースといえるが、たいていの場合は伝言ゲームのようになってしまって、日本の話題というと、ちぐはぐな伝聞情報と独自の解釈が並んだ、おかしな記事になっていることもおおい。英米流の日本文化の解釈を、さらに自分の文化で解釈するのだから、然もありなん。

 たまたま、同国のべつの放送局「Prima」のニュースをみてみたが、解説委員のような輩がでてきて、なにを言うのかと思えば──どうして刃物なんでしょう。──ええ、日本では武器の所持が厳しく規制されているため、もっともふつうに使用される凶器が刃物なのです。ここ数年でも同種の事件では主要な役割を演じていて──と、まったく的外れな枝葉末節についての珍説を開陳して、それで終わってしまった。地理的にも隔たった小国の水準ゆえ、致し方ない。東京に常設の特派員を送る予算などないが、おおくの一般市民もまた、日本なんぞという遠い島とは関わることもなく一生を終えるのだ。

 

 そうしたなかで、Kawasaki と聞くと、ふしぎな気分になる。「川崎」とは、「多摩川の河口」を語源とし、市内の住人にとっては海に近い川崎区の方面を漠然と指す語──などということはこのさい措いておこう。むろん、登戸とて行政的には間違いなく川崎市であるし、たんにBBCの表現に倣っただけかもしれない。しかし……子どもの頃、麻生区に住んでいた者としては、あの辺も物騒になったものだと思う反面、なにか、その「カヴァサキ」が、どこか遠い世界の、未だ見知らぬ地であるかのようにも思えたのだった。

 

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Photo by Nick Fisher on Unsplash

 

参考)

www.bbc.com

www.nikkei.com

www.sankei.com

ニキ・ラウダ逝去

 ニキ・ラウダが亡くなった。昨夏の肺移植手術、そして今年の1月には入院したという報道もあり、健康が心配されていた。やはり1976年の事故が遠因であろうか。

 

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 アーノルド・シュワルツェネガーと並ぶ、現代オーストリアの著名人──というふうにORFのニュースで紹介されていたが、とくに国外での認知は群を抜いていた。これ以上の知名度となると、歴史上の人物しかいないのではないか。つまり、モーツァルトヒトラーくらいのものだろう。

 そのシュワルツェネッガーも、Twitterでコメントしている。

 

 モータースポーツと航空会社の経営の分野で注目されていた。ニュースでも、F1のドライヴァーとして、また経営者として、ふたりの解説者がそれぞれの解説をするほどだった。それぞれの分野で、事故に負けずに闘いつづけた。

 さらに近年では、映画『ラッシュ/プライドと友情』が話題になった。ジェイムズ・ハントとの葛藤と友情を描いていたが、実話にもとづいていたことに意義があった。当時のファンはふたりの関係について、この映画とまったく同様に見ていたにちがいなかった。自由で奔放なハントと比較されたゆえ、ラウダには「走るコンピューター」の異名が生まれたが、じっさいにはなによりも情熱のひとだった。

 1991年、墜落した自社のボーイング767-300ER機──当該機の愛称は「モーツァルト」だった──をタイの現場に視察し、事故に「降伏」することなく、「戦って勝つ」べく、奮闘した。結果、主たる事故原因となった、逆噴射装置の誤作動に関して、ボーイング社の想定や事前の説明に不備があったことを認めさせ、世界の空の旅を一歩、安全なものとすることに成功した。この「ラウダ航空004便墜落事故」は、ナショナル・ジオグラフィックの『メーデー!:航空機事故の真実と真相』でも詳しくとりあげられたので、ラウダの尽力がひろく知られるようにもなったことであろう。

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参)

www.bbc.com

jp.motorsport.com

 

www.youtube.com

www.youtube.com

Caran d'Ache の白いペン

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 かつて、なにげなく借りた筆記具が、Caran d'Ache のものだったと知ったのは、そのずっと後のことで、ジュネーヴの高級ブランドと知っていたらば、借りること自体が躊躇われたかもしれない。──さいきん、創業100周年を迎えたそうである。

www.carandache.com

 

 ところで、コンピューター上のペンにあたるものは、エディターと呼ばれる種類のアプリである。

 むかしから、あれこれと試してみては、しばらく愛用するが、ヴァージョンがあたらしくなると、使い勝手が変わってしまって、またウェブ上でエディター探しの旅に出る──ということもままある。

 そういう仕儀で、ああ、あれがあったか、と久々に〈CotEditor〉を起動してみたが、どうもいまひとつ……などとおもったら、あたらしいヴァージョンが出来していたようで、ダウンロードしてみたのであった。表示関係のカスタマイズを中心に大いに改善されていて、またしばらく使ってみようか、と思っている。

coteditor.com

 

 そこで気がついたのが、アプリのアイコンである。


 むかしは、グリーンのメモパッドに黄色っぽい鉛筆が立てかけてあるようなものだったが、さいきんは、それがLAMYのSafariという万年筆になっていた。ペン軸の色は白で、バックのグリーンに素敵に映えていた。

 実際のSafariも、けっこう気に入っている。ペン先がステンレス製のわりに、書き味がすこぶるよい。ほんらいは学用品らしいが、そのため、値段も手頃なので、万年筆がかならずしも必備でない日本でも人気がある。

 

〈CotEditor〉に話をもどすと、その最新版ではアイコンが微妙にリニューアルされていた。
 ──ペンが、Caran d'Ache白いボールペンになっていたのである。

 学童用の万年筆から、より実際的なボールペンに変更されたことで、いかにも技術者やテクニカル・ライター諸氏が使いそうな、「実用性に優れたプロの道具」というようなイメージをアプリに与えようとしたものかもしれない。

 
 リアルな世界のペンのほうは……もう書き味も思い出せない。1本どこかで手に入れてみようか。

 

   

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CotEditor

 

 

 

 

 

国名や外名、その表記について

 外務省の国名表記の問題の記事がよく読まれているようなので、そのあたりのことで思いついた由無し事を、覚え書き程度に書き留めてみようとおもう。

 

 

合衆国か、合州国

 「United States」を「合州国」と表記すべき──などというと、同様に唱導していたのが悪名高き本多勝一だったこともあって、いまどきサヨクないしパヨク呼ばわりされてしまうかもしれない。だが、正論である。本多は、自著『アメリカ合州国』のなかで、「合衆国」の字面はあたかも理想郷のような印象を与えるから、という理由から主張していたとおもうが、これはどうでもよい。ただ単に、「United States」は直訳調で「合州国」としたほうが自然かつ中立的であるからで、オッカム先生も同意することだろう。

 「合衆国」は、すでに幕末から使われている語で『古事類苑』にも登場するとはいえ、現代人が変えても問題はない。ビルマグルジアの例もある。従順な日本人のことだから、すぐに慣れよう。

 だが、漢籍などを論拠にもちだす向きもあるし、むかしから猿谷要のような北米史の大家すら、合衆国憲法の記述を根拠に「合衆国」とするのがふさわしいとしていたから、これは議論の余地があって、単純にどちらかが誤りと断ずることはできない。

 

第三帝国

 いっぽう確定している誤りもある。しかし、その誤った訳語が定着してしまっていると、やっかいである。国号ではないが、「Nationalsozialismus」や「Nazismus」の誤った訳語としての「国家社会主義」がこれにあたる。ふるく戦前からの誤訳だから致し方ないとはいえ、数十年前の時点で、西洋史の業界では「国民社会主義」か「民族社会主義」と訳すのが正しいとされていたのに、いまだに混同がみられる。「国家社会主義」は、ラッサールらの「Staatssozialismus」の訳語としてほんらい使用される。

 逆に、慣用として定着している訳語が近年になってSNSなどで批判されるのを目にするようになった、ということもある。ドイツ語で「Reich」は「帝国」をかならずしも意味しないのだから、「Drittes Reich」を「第三帝国」と呼ぶのは誤りだ、という意見がある。これはある意味で正しいけれども、「Drittes Reich (Das Dritte Reich)」を「第三国家」あるいは「第三国」などと直訳調で呼んでしまうと、これもまた、おかしなことになってしまう。ことばとは不便なものである。「第一、第二のドイツ帝国につらなる〝第三帝国〟」なのだから、これは慣用表現として許していただきたい。

 同様の問題に「ハプスブルク帝国」がある。研究者らは、時代をさだめずに同国をさすばあいに「ハプスブルク君主国」と呼称している。だが、いずれにしても、すでに存在しない国の通称にすぎない。

 関連して、「ハプスブルク」が「ハプスブルグ」と表記されているのが散見されるけれども、我ながらこれが気になる細かい性分である。だが、ドイツ語のできるひとでもときどきそう書くのは、英語というよりも、おそらく「ハプスブルガー(Habsburger)」が意識にあって、ひっぱられているためではないかとおもう。容赦せねばなるまい。

 

中国か、支那

 中国か、支那か──というのも、昨今もよくみられる問いだが、それぞれ、国号と地理的な概念という別個のものをさしている。「中国4000年の歴史」などというのは正確ではない。中国は、中華民国ないし中華人民共和国の略称であるから、20世紀に成立したばかりの若い国である。日本の中国地方と取り違えるではないか、という意見もあるが、略称がかぶってしまうことはよくあることで、それはしかたがない。いずれにせよ、何千年もの悠久の歴史を有し得るのは「支那」であって、「中国」ではない。また、支那とは蔑称ではないか、という声もあるが、それは言い掛かりである。

 

ボヘミアモラヴィア・シレジア(ベーメン・メーレン・シュレージエン)

 特異な例が「チェコ」かもしれない。

 1918年、第一次大戦が終わりをみるころ、ハプスブルク朝が崩壊するにおよんで、いわば火事場泥棒的に発足した国がチェコスロヴァキア(第一次共和政)だったが、そこではじめて対外的な国号が出来した。時代がくだって1993年、いわゆる「ビロード離婚」でスロヴァキア共和国が分離独立を見、残る部分が「Česká republika(チェコ共和国)」となった。

 それを受けて、チェコ語ではチェコスロヴァキアを意味する「Československo」から、スロヴァキア部分をたんに差っ引いたような「Česko」という名詞があらたに造られ、こんにち新聞等でもふつうに使用されており、すっかり定着した観があるが、15年ほどまえまでは「美しくない」などといわれ、だいぶきらわれていた。自国民に疎まれる国号というのも、さすが旧共産圏。相当にパンクな世界といえよう。

 それまで名詞1語で済む国号がチェコ語に存在しなかったのだから、英語にあるはずもない。英語の日常会話では、「Czech Republic」と2語になってしまうのを避けたがるひとが多いらしく、10年ほどまえまではふつうに「Czechoslovakia」と呼ばれつづけていた。地理学者らが「Czechia」という語を提唱していたが、そのころは普及しなかった。英語のことは当の英語話者が決める権利を有するからであって、これは「Sea of Japan(日本海)」に代わって「East Sea(東海)」という、どこの東にあるのか即座に判別できない名称を拡めようとする運動にもいえることである。10年以上前に、在京のオーストリア大使館が提案した自国のあらたな表記「オーストリー」も、日本語話者に定着しているとは言い難い。

 日本語では、わりといいかげんで、チェコスロヴァキアの時代から、その略称としての「チェコ(あるいはチェッコ)」が使われていたため、そのあたりは意識されることなく、いまだにぞんざいにチェコと呼ばれているが、品詞すらなんだかわからない使われ方をする。たとえば「チェコ地域」という場合。研究者もよく使っているが、これはよくない。ただ、便宜上やむを得ず、使用される。具体的には、ボヘミアモラヴィア、一部シレジアを含む領域──つまり、大雑把に今日のチェコ共和国の領域を指している。前述のとおり、チェコ共和国は、つい1993年1月1日に成立した国家であり国名なので、それ以前の歴史、とくにハプスブルク君主国の枠組みでの叙述をする場合に問題が生ずるわけである。厳密には「ヴァーツラフ王冠の地」とか、「ボヘミア諸邦」などという謂いもあるが、長ったらしく、相手によっては通じないので、使い勝手がわるい。

 カタカナの使い方に関して、「モラヴィア」を例に挙げよう。「ヴが世界から無くなる」などという、NHK外務省記者クラブ提灯記事を鵜呑みにしたわけでもあるまいが、「モラビア」と表記する向きがある。だが、家庭の事情とか、宗教上の理由で、どうしても「ヴ」を使いたくない、というひとがもちうるべきは、むしろラテン語の綴りに留意した「モラウィア」であろう。ハプスブルクの帝都「ヴィーン」も、慣用的に「ウィーン」と表記されるのがふつうである。これに関して「ビーンなどという表記は見たことがない。英語では「Vienna」だから、「ヴィエナ・ラーガー」というスタイルのビールもお馴染みであるが、ふつうは「ビエナ」とは書かれない。

 ちなみに、世界史の教科書にも出てくる「ボヘミアモラヴィア、シレジア」は、英語の発音にできるだけ忠実に表記するとすれば「ボウヒミア、モレイヴィア、サイリーズィア」となるはずである。ドイツ語では「ボェーメン、メーレン、シュレーズィエン」、チェコ語ならば「チェヒ、モラヴァ、スレスコ」である。

  

 国名──考えてみると、日本語学、歴史学政治学ないしレアルポリティークまで絡んできて、学際的にして複雑な問題であった。したがって、ここで記し得たことは、ほんの思いつきにすぎない。しかし、高校の世界史も必修科目から外されるというから、われわれ日本人は今後、こうしたことなどすっかり忘却してしまって、風に吹かれながら、羊のように草を食んで生きるのがいいのかもしれない。

  

 

"ブレグホウク"──チェコ軍の新汎用ヘリ調達

 2019年末までに、Mi-24/35の後継として12機の双発汎用ヘリを取得する旨、チェコ共和国国防省が発表した──とニュースにあったのは、数か月まえのことだった。

  ところが、発表は曖昧すぎた。このMi-24、あるいはその後期輸出型のMi-35は、NATOコードで「ハインド」と通称されるヘリコプターで、旧ソ連の一種独特なドクトリンのもとに設計されたため、戦闘ヘリでありながら、兵員輸送ヘリを兼ねていた。そのため、あらたに調達するというのは、具体的な機種としては、何をさしているのか予測しかねた。多目的、多用途、汎用などと訳せる"víceúčelový"とは記事にあったが──

 平成が令和に変わるころ、ついに具体的な機種名が報道に登場した。それによると、2017年に米議会がすでに販売を承認していたというUH-1Yヴェノムにくわえて、UH-60ブラック・ホークが候補に挙がっている。さらには、5月にはいって、米議会がその販売を承認したという報道には、あらたに攻撃ヘリAH-1Zヴァイパーの名もあった──まだチェコ側が購入を決定したわけではないが。

 

www.novinky.cz

www.idnes.cz

 

 チェコ人は「ブレグホウク」というように発音するが──どうも、UH-60ブラック・ホークが本命らしい。高価すぎて陸上自衛隊も調達を中断したUH-60である。もう一方の候補、UH-1Yヴェノムは米海兵隊が装備している機材であって、洋上運用のための塩害対策が徹底されているといっても、海のない内陸国の軍隊にはアピールしない。先日、陸自に納入されたXUH-2(いずれUH-2となるのだろうが)は、けっきょくのところ、双発化されたUH-1のようなものだった。現有のUH-1Jとあまりかわらないとすれば、はじめからUH-1Yヴェノムでよかったのでは……いや、ひょっとすると、実質は国産化のためにダウングレードされたヴェノムなのではないか──という印象があった。防衛省の「次期多用途ヘリコプター導入計画(UH-X)」に談合疑惑が持ち上がり、いったん白紙化されるなど、迷走した挙げ句の果てがこれだったのだ。歴史を紐解けば、米軍では当初HU-1と呼称されたが、初飛行はじつに1956年である。基本設計が古い、という批判には耐えられまい。できればUH-60を、という関係者の心情は自然だろう。ただし、攻撃ヘリAH-1Zヴァイパーが同時に導入される前提があるならば、8割以上の部品が共通化されたUH-1Yヴェノムが優位に立つ。

  

 チェコ国防省アメリカの対外有償軍事援助で調達するというが、ここに日本と共通した面も垣間見える。米トランプ政権の圧力である。貿易赤字の是正をもとめられた安倍総理が、高価な防衛装備を輸入せざるを得なくなったという批判があるが、日本だけが標的になっているわけでもあるまい。さらにNATO加盟国が軍事予算を出し渋っているという批判がトランプ政権から出ていたが、これもなにもドイツだけをさしたものではない。

 

 チェコ共和国軍の主要装備は、「ヨーロッパ通常戦力条約」によって制限されている。条約にもとづき、戦車957輛、装甲戦闘車1367輛、口径100ミリ以上の火砲767門、戦闘用固定翼機230機、そして攻撃ヘリコプター50機を保有することが認められている。東西冷戦終結直後は「制限」だったのだろうが、いまではアメリカにとって、防衛分担のための期待値でもあろう。小国にとってはおよそ達成不可能な値ではあるにしても、少なくとも自衛隊に対するのと同様の、負担増への期待がかかる。

  わかりやすいのは戦闘用固定翼機で、230機までとされているが、実態は、2027年までのリース契約で運用しているJAS-39C/Dグリペンが14機あるだけで、軽攻撃機のL-159"ALCA"で水増ししても、合計で36機が報告されるのみである(2019年1月現在)。

 問題の戦闘ヘリはMi-24ないしMi-35で、50機までのところ、実際の保有数は17機となっている。(汎用ヘリについては規定外で記載がないが、すべてを合わせると、チェコ軍はヘリコプター全般を41機保有していると報道はつたえている)。

 Přehled hlavních druhů techniky a výzbroje (stav k 1. lednu 2019)

  

 旧共産圏だった新手のNATO加盟国は、徐々に旧ソ連製の装備を西側製に更新するなど、装備の充実を図ってきたが、チェコはその進捗ぐあいにしてもひどいものだった。ロシア製のロートルをいつまでも運用するのも肩身が狭く、ここにきて、12機とはいえ、高価なヘリコプターを購入する必要に迫られている──というところかもしれない。

 さらに、対テロ戦争の収束がみえてきた米軍が、装備の調達計画をキャンセルする報道も最近つづいていて、チヌークのようなヘリコプターの調達も中止されたようだ。そうなると、米国のメイカーが輸出に活路を見出すのも当然で、ヴァイパーなどはチェコだけでなく、離島防衛の体制づくりを急ぐ陸自に対しても売り込みが激しくなるのではなかろうか。

 とはいえ、陸自にとってヘリ調達は鬼門らしく、かつてAH-64Dアパッチ・ロングボウも62機を計画しながらも、13機しか調達できなかった。その結果、維持費も割高となったが、もとより部品調達にも支障をきたしていたため、稼働率も低迷、けっきょく昨2018年に墜落事故で貴重な1機と搭乗員2名を失ってしまった。チェコの12機の「ブレグホウク」の行く末が案じられるところでもある。

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参考)

news.militaryblog.jp

 

シェレメーチヴァの航空機火災

 現代の旅客にとって、航空機火災ほど恐ろしいものも、そうあるわけではない。

 日本では、いわゆる「10連休」の最終日。欧州では、日曜日と対独戦勝記念日に挟まれた月曜日という日にはいってきたニュースは、モスクワで起きた悲惨な航空機事故だった。

 

 アエロフロート・ロシア航空のSU1492便がムルマンスクに向け、シェレメーチヴァ国際空港を出発後、落雷によるものとも報じられているが、何らかの異常をきたし、すぐに引き返し緊急着陸をするも着陸時に出火、炎上した。脱出できたひともいたが、41人が死亡した。

 

 機材はスホーイ・スーパージェット100。ソ連崩壊後のロシア航空業界の威信をかけて開発されたが、2012年にインドネシアで、売り込みのためのデモ・フライト時に、サラク山の切り立った断崖に激突するという事故を起こした。それかあらぬか、セールスは不振だったという。

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 航空機火災といえば、古くは1937年の「ヒンデンブルク号爆発事故」が歴史上よく知られているが、2000年の「コンコルド墜落事故」もそうだったし、近年では貨物のリチウム電池に起因する事故もたびたび起きていて、2010年の「UPS航空6便墜落事故」が記憶に新しい。

 今回は、着陸するまで出火していなかった模様だが、離陸直後には上空でなんらの火災も発生していなくったのかどうか──1991年の「ナイジェリア航空2120便墜落事故」は離陸中にタイヤの破裂から出火したし、1985年の「ブリティッシュ・エアツアーズ28M便火災事故」はエンジンが元であった。

 また、この事故は、空港に居合わせたひとの映像のみならず、乗客が撮影したと思しき機内の映像までもが、すぐにYouTube等で公開されているところが衝撃の度を高めた。こうしたものは、ナショナル・ジオグラフィックの「メーデー!:航空機事故の真実と真相」などで再現映像を観るまでは、ふつう目にすることがないわけだから……。

 

 今回も航空事故調査の専門家諸氏が真相を解明するのを待つしかない。そして、次回、飛行機を利用するときは各座席に備えてある「安全の手引き」を熟読したい。

 

www.nikkei.com

www.bbc.com

www.afpbb.com

www.aviationwire.jp