ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

アンドレイ・バビシュの壺皿

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photo by husnerova

 チェコ共和国政府が4月17日、ロシアの外交官18名に退去を命じた。それは2014年に国内で起きた弾薬庫爆発に、ロシアの機関が関与したことを理由にしていた。どうして今になって6年半ほど前の事件の真相が判明したのか、という素朴な疑問については、前回すこし触れた。その後、事態は両国の外交官の追放合戦に発展した。チェコ側が、ロシアの外交官が工作に関わっていたことを理由に挙げたのもふしぎはなかった。

 米ソ冷戦終結後の1991年、当時のチェコスロヴァキアに駐留していた赤軍部隊は撤収し、ほどなくソヴィエト連邦も崩壊した。ところが、後身のロシア連邦はひきつづき、プラハ・ブベネチュの広大な大使館のほか、30をかぞえる地所、100にのぼる車輛など、他国にはみられない巨大な外交資産を維持して、スロヴァキア分離後のチェコ共和国への影響力の保持につとめた。

 報道によると、直近の人員は140名で、アメリカの外交官の76名、中国の31名とくらべても、いかにおおきい数字であるか、明白である。このうちの多くのが諜報員ないし工作員として活動しており、弾薬庫の爆破にも関わっていたというのが、チェコ側の言い分の真意であった。

 23日には、ウクライナ国境地帯に集結していたロシア軍が、撤退を開始したと報じられた。それでもチェコ国内にあっては、市民のあいだの反露感情が目に見えて昂まっていった。すでに18日、プラハロシア大使館前で、種々の抗議をする人びとの姿が報道されていたが、23日には、ブルノ市に在るロシア領事館の門扉にケチャップがかけられた様子までが報じられた。

 こうした状況のもと、沈黙を守ってきたミロシュ・ゼマン共和国大統領が、25日午後になってやっと声明を発表した。自らの口から弾薬庫爆破事件をめぐる見解を、カメラのまえで国民に開陳したのだった。ところが同大統領は、かなり鷹揚な調子の演説のなかで、ロシアが関与した決定的な証拠の存在を否定した。捜査の過程でいちど否定された「過失による爆発」説をむしかえし、ロシア・GRUによる工作の線との両面から捜査をつづける方針を説いたのだ。親露派として知られる同大統領が、ロシアをかばったものと視聴者に映ったのも当然であった。興奮した国民感情を逆撫でし、火に油を注ぐがごとき結果となった。

 週末にはいった29日、プラハやブルノなどで、ゼマン大統領に抗議する抗議集会やデモが行われた。プラハでは数千人規模に達したと報じられた。ちなみにウクライナがらみも含めて、こうした「親西側」のデモが行われるさいは、プラハではヴァーツラフ広場で檄を飛ばして始めるのが定番で、ブルノではドミニコ会広場で催されることが多い。暴力を批判する勢力とて、危険はないとはいえ、巻き込まれたくない向きは近づかぬほうがよい。通信社・ČTKの推計では、ブルノの集会には約800人が参加したとされるほか、プルゼニュ中心部では300人ちかい参加者の集会があり、オパヴァでは約200人のデモ、ズリーンでは約100人のデモがそれぞれ行われたという。これをČTKやDNES紙が熱心に報じているのにも相応の背景があるわけだが……。

 あくる30日には、追い討ちをかけるような報道が出来した。2回にわたる爆発のあいだの時期にあたる2014年11月、ゼマン大統領は中央アジア歴訪の一環として、タジキスタン共和国を訪れている。その際、同行した代表団のなかに、アイメクス・グループ社のオーナー、ペトル・ベルナチークがいたというのだ。つまり、爆破された「商品」の主である。そしてタジキスタンといえば、実行犯が視察という名目で現地入りするさいに、それを同社に掛け合ったのが他ならぬ「タジキスタン国民警護隊」であった。そのような仕儀で、ゼマン大統領による公式訪問じたいが、警察の捜査対象になっていることもメディアによって確認されたという。つまり、大統領みずから、なんらかの役割をはたした疑いが持ち上がっている。火に注がれる油とは、もっぱら情報のことである。

 ところで情報といえば、去る19日、チェコ共和国政府は「ハイブリッド介入に抗する国民戦略」を閣議決定したことが伝わっている。いま話題の「ハイブリッド脅威」への対処の方針を、30箇条で規定しているもので、ロシアに対する毅然たる政府の態度を示したかったものと思われるも、外交官の追放の発表と同時に準備が進行していたことになる。戦略の策定そのものは、2016年に行われた国家安全保障監査によって国防省に指示されてはいた。しかし、このタイミングでの発表は、何を意味するのであろうか。これが国家安全保障会議で審議されており、週明けの19日にオンライン閣議によって承認される予定であることを、17日にいち早く報じたのはたとえば、政権与党・ANO党の事実上の機関紙、DNES紙である。

 こうした動きは全欧的なものであるし、どこの国であっても、国内における破壊工作は脅威には間違いない。公共放送(ČT)が紹介した調査によると、61%の被験者が安全上、ロシアをなんらかの脅威と見做しているという。これは公共のラジオ局が民間の企業をつうじて実施したアンケートらしかった。ただ、10%の回答者がまったく脅威はない(žádná hrozba)としていたところを、ことさら強調した番組の意図するところは、なんだったのか。また、この情報番組では、ロシアの外交官を「ゴキブリのよう」とまで形容した。しかし、たとえばこれがNHKだったらば、公共の電波で放送しおおせた表現だろうか。極端な物言いは、敵愾心をことさら煽り、隠れ親露派を剔抉するかのような「犯人探し」ないし「魔女狩り」を招きかねず、ひいては国民の分断を助長するだけではないのだろうか。

 しかしそれこそ、こうした状況を仕組んだ者の意にちがいない。要するに、こうした反ロシア・反ゼマン大統領の風潮が勢いを増す束の間、追及の手が緩むことを望んでいたのは誰か。ANO党代表にして共和国首相、アンドレイ・バビシュにほかならない。つづく

 

ヴルビェチツェ爆破工作

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photo by Umut İzgi

 チェコ共和国政府は、ロシアの外交官18人を国外に追放すると発表した。2014年に国内で起きた弾薬庫の爆破事件への、ロシア連邦軍参謀本部情報総局・GRUの関与が明らかになったためとしている。これを受けて反発したロシア側も、チェコの外交官20人を自国から追放する措置を発表した。

 識者がいうように、現今の「新冷戦」が、リベラル民主主義国家と権威主義国家のそれぞれの陣営による対立であるとすれば、チェコEUNATOに属すとはいえ、双方からの綱引きのなかで、近年は東側にちかい国だと西側からは思われている。「オリガルヒ」のバビシュ首相率いるANO党と社会民主党による連立政権は、いまだに存続する共産党が政権の外から支持する形で成立しており、さらに親露・親中のゼマン大統領が任命権を有している──という図式的な解釈は『シュピーゲル』誌などがよく説明につかうものだ。ただ、かろうじて元老院(上院)では反共政党の市民民主党が優勢で、西側からみれば「良識の府」を体現しているといえそうだ。昨年ここで、米トランプ政権時のポンペイ国務長官が演説をぶったのも道理であって、のちヴィストルチル議長の台灣訪問はおおいに話題になった。

 それゆえ、バビシュ首相とて今回の措置をとらざるを得なかったのは、西の方角から風が吹いたからにちがいない、とまず思った。どういう種類の風なのかは、まだわからない。ロシア外務省はチェコ政府が米国に気に入られようとしてやったのだと批難しているが、本当にそうだろうか。このところ、ロシアを拝み倒してワクチンを入手することすら検討していた首脳部なのである。たしかに米バイデン政権も15日、サイバー攻撃を理由に、ロシアの外交官10人の追放措置などを発表したところではあった。しかしこれで、EUからも個人的な不正を追及されてきたバビシュ首相としても、西側に向けていい顔ができるようになった。いずれは、EUが対露制裁に動くという専門家もあるようだ。

 そもそも、外交官追放の理由とされたのは、件の爆発事件の捜査結果だった。2014年、モラヴィア東部ズリーン県ヴラホヴィツェ村の集落・ヴルビェチツェ付近に位置する倉庫が、二度にわたって爆発した。10月16日に第16倉庫が、同年12月3日には第12倉庫が炎と煙に包まれた。武器の製造や販売を手がけるオストラヴァの企業、アイメクス・グループ社が借り受けていた倉庫で、従業員2人が死亡したが、当初は作業中のミスという観測もあった。当時の報道では、付近の住民が着の身着のまま避難する映像が流されていた。

 今になって、これにGRUの特殊工作班29155が関わったことが判明したというのだが、ウクライナ向けの武器を阻止するための工作であったとの推測がつたわる。それが、どうして今なのかと問われれば、まさに今しかないというタイミングでもあった。折からロシアがウクライナ国境地帯に軍を集結させつつあると報じられており、19日の時点では15万人超にもなっているというのである。陸上自衛隊全体の定員に匹敵する規模だ。

 被疑者は、のち2018年に英国で元諜報員が殺害された、いわゆるスクリパリ事件にも関与した工作員とされる。「ソールズベリの巡礼者」とも通称されていたのは、ソールズベリには観光がてら「大聖堂を見に行っただけだ」とインタヴューで嘯いていたからであるが、今回ばかりは言い訳に窮することだろう。このときの書類上の名義「アレクサンデル・ペトロフ」と「ルスラン・バシーロフ」はむろん偽名とされ、調査報道によると、ふたりはGRUの将校で、それぞれアナトリー・チェピガとアレクサンデル・ミシュキンであると推定されている。爆破工作のあと、プーチン大統領からロシア英雄賞を受け、アパートなどを授与されたことまで判明しているという。

 ところがバビシュ首相は、沈静化を図ったものか「国家的テロ行為にあたらず」と、なんとも煮え切らない声明を出してもいる。GRUが行なった作戦は受け入れがたいことではあるものの、ブルガリアの武器商に売約した商品に対する攻撃であり、チェコ共和国に対する直接的な国家侵略行為には該当しない、というのだ。「国家的テロル」という表現は、ロシアの関与を糾弾する多くの政治家が口にしており、爆発事件当時の首相だったボフスラフ・ソボトカも使っていた。

 奇妙なことはそれだけではない。つい1週間ほど前に更迭されたトマーシュ・ペトシーチェク外務大臣は、この件についてポストを去るまえにすでに知らされていたそうだ。ところがその後に外相を兼務することになったヤン・ハマーチェク内務大臣は、ロシアの関与を知ったのちに急遽、予定されていたモスクワへの外遊を取り止めたというのだから、ちぐはぐな印象は拭えない。警察の捜査であれば、むしろ内務省の管轄のはずではないか。

 そのチェコの警察が被疑者の行方を追っているという。だが、なにしろ連中が爆破後に現場を離脱してから、6年半が経過している。

 決め手となったのが、工作の直前「タジキスタン国民警護隊」を名乗る者から、件のアイメクス社あてに送られてきた、偽造パスポートのスキャン画像だとされる。それぞれタジキスタンのルスラン・タバロフとモルドヴァのニコライ・ポパなる名義で、弾薬庫の視察を求めるメールだった。ふたりは10月11日にプラハに到着、2日後にオストラヴァのホテルにチェックインし、16日には100キロほど離れた現場にいたことになるが、その日のうちにモスクワ行きの飛行機に乗るためにウィーン・シュヴェヒャートに向かった。

 このときの画像中の顔写真が、スクリパリ事件の被疑者と一致したということらしい。だが、2018年3月の神経剤・ノヴィチョークが用いられたという暗殺事件は、世界中で煽情的に報じられ、同年9月には嫌疑をかけられたふたりのインタヴュー動画までが出まわっている。それが今になって発覚したというには、かなり無理がある。国家をあげて隠蔽していたというのでもないのだろうが、風雲急を告げる国際情勢のなかで、内外事情の変化に鑑み、とりわけバビシュ首相自身の利益にもっともかなう時宜をはかって公表したものではないか。そして、前述の元外相と内相の証言の不審さは、その決定におおきく影響したのが、国外からの情報なり圧力なりだった可能性を示唆しているのではないか。

 このことは、事件後の各国の監視の厳しさにも暗示されているようにも思える。爆破された倉庫の警備が当時からほとんどなされていなかったという報道にたいして、当のチェコ警察当局は、当該施設は国際的なネットワークで監視されており、いわばオープンソースの警備で万全なのだ、と他人事のようなコメントをSNSに出している。あきれたものではあるけれど、正直なところ小国の警察では手に負えないのかもしれない。

 監視といえば、かつても国際的な介入があった。プラスティック爆薬のSemtexは、チェコスロヴァキアの製品で、リビア等にさかんに輸出されていた。これが1988年のパンナム航空103便爆破事件で知られるようになってからというもの、製品の動きには西側が目を光らせてきた。いまでは同名のエナジードリンクがスーパーに並ぶほど、乗員・乗客270名が犠牲になった事件も風化してしまった観もあるが、製造元はいまだに自社サイトで「Semtexに関する10の間違い」なる記事を掲載し、「Semtexがすなわちテロルなのではない」などと悪評の払拭に躍起になっている様子だ。

 そういえば国際刑事警察機構のサイトの国別プロファイルにも、次のようなニュアンスの記述があった。すなわち、チェコ共和国は欧州中央部の内陸にあって、四方でそれぞれ別の国に接している。そこで国を跨ぐ組織犯罪に狙われやすいことから、国際的な監視が必要であり、じっさいそのための体制がとられている、と。いずれにしても、監視対象たらざるを得ない国らしい。“O nás bez nás”(我らに関するも、我ら抜きで)ではないだろうが、警察当局もこうした状況には慣れっこだとでも言いたかったのか。

 さて、ロシアとの緊張が戦後最高潮に達しているといわれるなかで、衆目があつまるのは、沈黙を守るゼマン大統領だ。同国の防諜機関・保安情報局(BIS)にロシア人工作員の名前を教えろと迫った、という報道が昨秋あったばかりだった。すでにその頃には、捜査結果が報告されていたものであろうか。その際もTwitter上はお祭り騒ぎだった。近年、ロシアとの懸案事項は多岐にわたり、そのたびに動静が注目されているわけだ。そのノリは、まさに「悪の黒幕」といったところである。今回はまだ声明もなく、いつものオフチャーチェク報道官による代理のツイートもないようだ。

  直近では、南モラヴィア・ドゥコヴァニ原発に予定されている工事に関して、露・ロスアトムを入札から除外するとさっそく発表されたのが、最新の案件である。また、ロシア製のワクチンとしてEU当局に先駆けて認可される可能性もあったスプートニクVも、断念せざるを得なくなった。さらに振り返れば、ちょうど一年ほどまえになるが、プラハのコニェフ元帥像撤去問題にさいしてのロシア側の反発も、意外なほど大きかった。のち、在モスクワのチェコ大使館が覆面をした謎の集団の襲撃を受けるなどしたものの、ひとりの逮捕者も出なかった。2019年には、かの1968年のワルシャワ条約機構による軍事介入に関しても、鞘当てがあった。ロシアが作戦に参加した軍人の名誉回復を図ろうとするいっぽう、チェコ側は8月21日を犠牲者のための「追悼の日」としたのである。ほかにも、こまごまとした件をふくめ、枚挙に遑がない。

  いずれにせよ、バイデン父子がウクライナに特殊な利益を有していることは、ご案内のとおりであるからして、ロシアに対してはトランプ時代にはなかった強硬な態度をとるのも至当であろう。日本も、G7の枠組みでロシアの軍事演習に「深い懸念」を表明したきりとはいえ、けっして対岸の火事ではない。東京ではGRUの「ガイジンさん」は目立ちすぎて仕事をしにくいという笑い話もあったが、最近では東京五輪の関連団体を標的にしたサイバー攻撃にも関与していたとも報じられている。

 そうなると先日、東電・柏崎刈羽原子力発電所警備体制に不備が指摘された旨の報道が気にかかる。あれも、ワシントンD.C.あたりから、ことによるとラングレーから内々に「教育的指導」をいただいて表沙汰になった一件だったのかもしれない。他の施設が、原発以上の警備を敷いているとは想像しにくいのである。日本のばあい、ロシアはともかくとしても……。

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*「映っているのは我々」ロシア元スパイ毒殺未遂の容疑者たち(BBC、2018):

www.youtube.com

 

*参照:

www.bbc.com

www.afpbb.com

www3.nhk.or.jp

www.jiji.com

www3.nhk.or.jp

www.novinky.cz

 

13時間

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photo by Ahmed Almakhzanji

 アメリカ合衆国に関しては、ショッキングなニュースに触れたのち、何年も経ってから映画で事件の真相を垣間見ることはよくある。

 ソマリアの一件がそうだった。たしかに特殊部隊・デルタの隊員の死骸がなぶられる映像は衝撃的だった。けれども1993年に報道された時点では、何が起こったのか、よくわからなかった。時を経て、2001年の映画『ブラックホーク・ダウン』を観て、あるいはその原作を読んで、事情を呑み込んだという向きも多いはずだ。

 映画『13時間──ベンガジの秘密の兵士』(マイクル・ベイ監督、2016年)も、その手のリアリズム劇だった。

 事件は2012年9月11日のことであったから、ウェブ上には往時の報道記事がいまも残っている。たとえば、AFPの記事などは「炎上する領事館内に取り残された駐リビア米国大使、死の真相は」と題され、米当局者の証言から状況を素描している。

 ベンガジ(バンガーズィ)市は、地中海に面したリビアの首都・トリポリから見ると、東のシドラ湾をこえた先にあって、600キロ以上隔たっている。そのベンガジ市内の米国領事館がどうやら舞台であった。そこへ9・11の日にあわせて、米スティーヴンス大使が首都からやってきていた。ところが日没後に「正体不明のリビア人過激派グループ」の襲撃を受けて、殺害されてしまう。けっきょく保安要員らが応戦し、夜半過ぎにようやく領事館を奪還した──と記事にはあるけれど、とても仔細がわかるほどの情報たりえない。くわえて、それはちょうどオバーマ政権にとって再選を賭けた選挙の年にあたっていた。大使の死は、ワシントンDCでも政争となった由で、その後も報じられつづけることになったが、それだからこそますます「もやもや」は募っていった。

 その前年から一帯を席捲した、いわゆる「アラブの春」は、リビアにおいても内戦を引き起こしていた。米英仏が軍事介入する事態に至り、じつに40年以上つづいたアル=ガッダーフィー(カダフィ大佐)の独裁政権は崩壊した。その混乱にまぎれて、統制を失った軍の武器が大規模に流出しないように──とは表向きの理由であるが、とにかく、ベンガジ市内にはCIAが活動拠点を有して秘密作戦に従事していた。この機密に指定された施設が第二の舞台となった。アネクス、すなわちCIA別館、別棟、附属施設……というように名付けられているけれども、敷地には四棟以上の建物があった。

 この施設の防護を担当する警備チームが、劇映画の主役であった。グローバル・レスポンス・スタッフという、わけのわからない秘匿名は誰も用いない。もっぱら略称でGRSと呼ばれる。いずれも誰かが耳にしても何をする要員だか見当もつかぬ、よくできた符牒だ。が、見るところ、民間の個人事業主としてCIAと契約している非正規の雇員にすぎない。とはいっても、海軍特殊部隊・SEALSの元隊員とか、陸軍のレインジャー出身とか、元海兵とか、一人ひとりの経験値はそうとう高い。つまり兵隊としては、その道のエリートだ。

 ところが、CIAの現場職員のほうは正真正銘のエリートで、ハーヴァードやイェールを出て、みずからの力を全能のものとして過信している。なかんづくチーフと呼ばれる当該施設の長に顕著で、この御仁は革命が己の所業であったことを誇示しつつ、我われは戦いに勝ったのだ、平和をもたらしたのだと豪語する。勢いあまって、歴戦の警備スタッフを小馬鹿にし、いちいちやる気を削ぐ言動をとる。どこの組織にでもいる種類の人間で、いやな上司の一典型かもしれないが、だからこそ、純粋に物語の演出としてすぐれていた。リリー・フランキーみたいな俳優(デイヴィッド・コスタビル)が好演している。

 くだんのGRSの6名が、同市内の領事館が襲撃された際にも救援に駆けつけるわけだが、つづいてCIAの施設のほうも襲撃を受けるにおよんで、援軍のあてもないまま、包囲されることが前提の戦いに巻き込まれてゆく。個々の能力は圧倒的で、小火器を撃ち合うだけならば負けはしない。それでも、軽迫撃砲の一門も持ってこられると形勢がひっくり返るのもまた道理で、それだけ映画が現実に即しているという説得力も増す。そして死闘は、映画の題名に暗示されているように、翌朝までつづくのであるが……。

 2時間を超えているから、近年では長い作品といえようけれど、まったく息をつかせず、退屈などしない。空撮のカットは『ブラックホーク・ダウン』にも映えていた街のシルエットに似ているように見えたが、ひょっとするとロケの一部はまたもモロッコで行われたものか。そのいっぽう、やや俯瞰的な画角に示される古代ローマ時代の遺跡のほうは、観る者をして複雑な感情を抱かせはしまいか。フェニキアびとが建立したというレプティス・マグナが想起させるように、リビアにもふるい歴史があり、それをつたえる遺構があるのだ。

 皮肉にも、建国たかだか数百年のアメリカ合衆国のエリートが、民主主義を教えてやろうと「未開の」地で胸をはる。映画にも描かれる犠牲になった大使の屈託ない笑顔には、無邪気な理想主義がにじんでいる。憎めないひとたちには違いない。軍事力をもってして民主化させた、日本帝国などにたいする成功体験がそれを勇気づけてもいる。

 映画は、かつての独裁者ガッダーフィーに関して「クソ野郎だが、バカじゃなかった」と、現地の通訳者・アマルのせりふに言わせている。リベラル民主主義だけが、諸国民の統治にとっての最適解ではないのかもなと、ちらと観客に思わせるシーンなのである。GRSの一員で元レインジャーのタントが別れ際、このアマルに向かって「国をたて直すんだぞ」とエールを送るのが印象的だ。ちなみに「アマル」とは、アラビア語で「希望」を意味する名前らしい。──だが、見方によっては、アメリカ人に言われる筋合いもない。そもそも誰のせいなんだよ、と言ってやりたくなるのだ。

 いま、ミャンマーの軍事政権をめぐって、西側諸国は対応に苦慮しているようだ。デモを武力鎮圧したのがけしからんとか、民主化への歩みを止めてはならないとは言われている。それは間違いなくそうなんだけど。けれども、米・民主党政権の「理想世界実現公約」のごときものに付き合うと、えらい目に遭うこともありそうだ。

 もともと「ビルマ」では、カレン族をはじめ130以上いるという少数民族との武力紛争が絶えたことはなかった。ひとつ扱いを誤れば、ミャンマーソマリア化、リビア化という展開もあり得る。無政府状態となった土地にISISの残党など、ジハーディストがはいり込まないともかぎらない。内戦を回避したとしても、人権を理由とした過度の制裁の帰結は、よくて共産中国による傀儡化だろう。民主化も人権も、何もかもが水泡に帰す。

 そんなミャンマーにたいして、日本は官民あげて多大な投資をしてきており、幅広い人脈もあるという。ちょうど、10年前のリビアにたいするイタリアのような立場にあるわけだ。民主化固執するアメリカの政策に振り回されるだけならば、イタリア同様に権益を失うだけで、得るところは何もなかろう。なにより、リビアではいまだに混乱が続いているのだ。市民に銃を向けるミャンマー軍事政権も、たしかに「クソ野郎」ではあるが、なんとか「バカじゃない」統治者になるように働きかけてゆくことはできぬものか。

 今週、ガースー総理が米国へとぶ。バイデン大統領がどうしてもミャンマー民主化と苛烈な制裁に拘泥するというなら……、大統領閣下、『13時間』っていう映画はご覧になりましたか、と厭味ったらしく訊いてもらいたい。あのあと、ヒラリーさんはだいぶ共和党から攻撃されていましたよね、って。1オクターブ高い声で。

13時間ベンガジの秘密の兵士 (字幕版)

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  • 発売日: 2016/09/07
  • メディア: Prime Video

*参照:

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デインジャー・クロウス──豪州の戦争映画

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 たまに戦争映画が観たくなる。

 それも、戦争を背景としたコメディや恋愛ドラマではなくて、ちゃんとしたハードコアのドンパチがあるもの。いや、ドンパチだけのものがいい。

 あらすじはお定まりで、戦場の平和な日常にいた部隊がある日とつぜん窮地に陥って、激闘の末にそこから脱出する──そういう意味で、プロット的には「パニック映画」の一変種ともいえそうだ。なかんづく、アジアの共産化を喰い止めるための戦いが題材にとられた場合、1960年代半ばまでの相手は、戦術もへったくれもない「人海戦術」で突進してくるだけのバッタの群れのごとき軍勢であるからして、「ゾンビー映画」の様相も呈してくる。民主主義国の軍隊では、有権者の子や孫をそんなやりかたで犬死にさせるわけにもゆかないので、反共映画としては、じつに効果的な宣伝ともいえる。

 インドシナ半島を舞台にした劇映画といえば、日本でもさんざん公開されてきた。なかでも『グリーン・ベレー』はジョン・ウェインを主役にすえた、ほぼ反共プロパガンダ。『地獄の黙示録』は例外的なサスペンスとはいえ、たとえば『プラトーン』、『フル・メタル・ジャケット』、『ハンバーガー・ヒル』といった1980年代のアメリカ製の泥沼は何度みたか知れない。ほか、ディエン・ビエン・フーの戦いを扱ったフランス映画なども、けっきょくは「反戦映画」ないし「厭戦映画」とも括れそうな共通性がある。

 2019年制作の豪州映画『デンジャー・クロース──極限着弾』もまた、インドシナを舞台にした正統派の戦争映画であった。戦争の不条理を説くいっぽう、ある国の先人を顕彰するような愛国的な作品も多々あるが、これもやはり戦没者を悼むメッセージが最後に現れる。同国の映画では『誓い(Gallipoli)』を思い出す。

 当該作品が描いているのは、1966年8月のロン・タンの戦いである。旧サイゴン市から100キロちかく離れたゴム農園が舞台となった。ゴムの木が並ぶほかには、ほとんど遮蔽物がない土地で、かつ単調な風景というのは戦さ場としてはこの上なく恐ろしい。四方から、あるいは三方からでも襲撃を受けたら、結果は目に見えている。そして、それが起きた。

 したがって物語としては、メル・ギブソンの『ワンス・アンド・フォーエバーWe Were Soldiers)』に酷似する。包囲された部隊が生き残りを賭けて応戦するやつだ。おなじインドシナ半島が舞台で、描かれていたのは、米軍によるヘリボーン戦術の草創期、イア・ドランの戦いである。

 比較すると、豪州作品のほうはかなり地味である。そもそも派遣された第一オーストラリア任務部隊というのが、米軍に比して小規模だった。豪州政府のサイト(Australian War Memorial)によれば、1962年8月から1975年5月までのあいだに6万人ちかくの同国人が派遣されたとある。けれども、これは延べ人数であって、ちょうど1966年の3月にタスク・フォースが拡大されたとはいえ、やっと2個大隊を基幹とする旅団で、人員すべて合わせても4500人ほどだったという。この豪軍部隊は形式上、米軍のヴィエトナム第2野戦軍の隷下にあったため、映画のなかでも航空機による支援を、ほかでもない米軍に要請する場面が描かれている。──ただ、ドラマトゥルギーからみた場合、こうしたリソースの限られた弱小の組織が困難におかれて果敢にたちむかうというのは、むしろ見せどころともなるわけだ。じっさい本編中の駐屯地には、戦闘部隊が数個の中隊しかいない。どういうわけか、数百人の規模なのだ。

 登場人物は、ステレオタイプ的な造形がやや平板で、ストック・キャラクター同然に思えることもあったけれど、実在した人物には関係者もとうぜんいるわけで、おおきく逸脱するような脚色はむずかしいとも思う。無事に帰ったら結婚式に……みたいな、判で押したようなせりふも多かったが、実話を基にしたと言われたら、どうしようもない。だからこそ見るべきところはやはり、ドンパチにかぎる。倖いにして、リアリズムを支える俳優陣は最高の布陣だった。

 当時の豪州軍の装備も、興味ぶかい。英軍と同型の小銃、L1A1(FAL)を装備するも、米軍同様に新型のM16が普及しつつある。作中では"SR"などと呼ばれていたようだ。これは「ストーナー氏設計のライフル」から来ているらしい。いまではAR-15として民間市場の人気商品ではあるけれど、最初期のモデルに関しては欠陥があって、現場での評価も芳しくなかったことが今作でも暗示される。さらに、衛生や無線を担当する者が手にしているのは、ステン短機関銃にも見えたが、国産のオゥウィン短機だったかも知れない。ちなみに小隊の軽機関銃は、往年の米軍とおなじM60だし、中隊長のスミス少佐は拳銃・コルトM1911を携行していた。なにか、英米の狭間に置かれた同国の立場が反映されているようでもあった。

 そして、全員がブーニーハットというのか、ブッシュハットというのか、例のお決まりの帽子をかぶっている。ハイキングに来たかのような気楽さを感じさせ、そこに襲いかかる悪夢のごとき展開がいっそう際立つ。人気歌手リトル・パティの慰問コンサートは史実とはいえ、冒頭の敵襲のなかでも紅茶を淹れてくる部下がたしなめられたり、カード遊びをやめない若い少尉がいるかと思えば、慄く兵に缶ビールを勧める軍曹もいる……。たしかに作劇上の効果はあった反面、どれも紋切り型の趣向にみえた。120分ちかくある尺もあって、やや冗漫に感じた。

 こうした描写は「オージー」らしさの演出でもあったのかもしれない。ただ「豪州らしさ」を映画にもとめるならば、『荒野の千鳥足』に如くはなし。あわせてお薦めしたい。

デンジャー・クロース 極限着弾(字幕版)

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  • 発売日: 2020/10/21
  • メディア: Prime Video
荒野の千鳥足(字幕)

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  • 発売日: 2017/03/24
  • メディア: Prime Video

www.youtube.com

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*参照:

dangerclose.ayapro.ne.jp

www.imdb.com

鳥の歌

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photo by Šárka Krňávková

 明治期の紀行文といえば、日本文明を学ぶものにとって最重要のジャンルのひとつとなっている。日本に生まれた者はわざわざ日本人になる必要がないから、日本文化の知識が要らないと安吾は嘯いたが、ふだん意識されないことを他者の視角から知ることができるのは単純に愉しいものだ。

 たとえば、リーズデイル卿ミットフォードは、新米外交官時代に勤務した日本に40年ぶりにもどってきて、開国以来の島国の発展ぶりに目を見張り、また目を細める。日露の戦も終わった1906年のこと。山野は言わずもがな、竿にさげた盥をかついで歩く物売りや、簡素でうつくしい家屋など、すべてが懐かしいと景観を称揚する。たほうで、大小二本さした野蛮の輩に「見慣れぬ外人」というだけで睨めつけられるようなことがなくなったのがよかった、などと嘆ずる。読者としては、幕藩体制が終わってわずかな期間で激変した社会に気づかされ、驚愕する。同時に、さいきんまた武漢だ何だと海外で迫害される例が急増したという日本人としても、身につまされる話ではなかろうか。

 それから、ウィーン出身の美術商フィッシャーは、コメへのこだわりについて報告する──日本人は米にうるさい。大陸に派遣された庶民の兵隊でも、かの地の南京米をまずいといって喰わぬほどである。ライス、ヴァイプ、ゲザンク(米飯、女人、歌唱)をこよなく愛する民族なのだ──と。よく気がついたとは思うけれど、たしかに奇異な傾向とみえたはずである。もし現代の刊行であったとすれば、すこしく際どい表現かもしれないが。

 女性とて負けていない。イザベラ・バードの紀行文をはじめて読んだのもだいぶまえのことで、まだ一歩も日本から出たことがなかった。だから、ほとんど批判的に読むことができなかったわけだ。にも拘わらず、己の思い込みから不満に感じたこともあった。この国では小鳥がさえずることがないから、日本の空は死んだように静かである、というようなくだりであった。

 妙なことを書くものだ。カッコー、ホーホケキョ、チュンチュン、ピヨピヨ。明治のむかしだって、いや、むかしだからこそ現代以上に鳴いたにちがいないじゃないか──と訝ったものだ。バードと名乗るも鳥を知らず、か。

 ところが、小鳥たちが大音量で歌うヨーロッパの春を知ってはじめて、イザベラ・バードの観察は公平だったのだ、とやっとわかった。比較してみると、なるほど日本の春はかなり閑静であった。そういえば、春の詩歌でだって、せいぜい鳴くのは鶯か雀の子で、咄嗟にはそれくらいしかおもいうかばない。

 いっぽう欧州では、春の鳥は「鳴く」というより、singenとかzpěvatとか、つまり「歌う」という言い方がとくに好まれるほどだ。ドイツ語圏の苗字にフォーゲルゲザンク(鳥の歌)というひとが稀にあるが、とまれ実態は大合唱である。新春シャンソンショーである。永遠に続くかとも思われた冬の曇天が去って、陽のひかりのなかに小鳥たちの歓喜の唄が満ちる。むろん、鳥には鳥のつごうがあって、繁殖のためにDNAにプログラムされた行動を、しかるべき時宜をとらえて遂行しているにすぎぬのだろうが、人間はそれを聞いて勝手に愉悦にひたるのである。──ああ、鳥が歌っている、春を言祝いでいるのだなあ、と。

 歌い手には、カラ類やマヒワ、ヨシキリの類など、広い意味でスズメの仲間が多いようだ。それでもあえて独断で言ってしまえば、春を告げにやってくる代表選手とは、クロウタドリである。英語ではずばり、ブラックバードと呼ばれるように、オスは全身まっくろであるけれど、嘴だけが橙色である。これが鳴くと春と認めざるを得ない。そして、朝まだきより聞こえはじめる、その美声をたのしみにするようになる。

 もちろん花も、しずかに春を寿ぐ。とくに寒いアルプス以北にも桜がないわけではないけれど、ヤマザクラの系統が多いとおもわれ、日本を象徴する種類の桜とはだいぶ趣がちがう。造花のような濃い色合いに見えたりするのもあるし、さほど盛大に風に散ることがない。むしろ、ベニバスモモのほうがソメイヨシノの面影をともなって、和の風情を醸す。大陸欧州の邦人は、これで妙に里ごころがついたりする。──しかし個人的には、欧州の春といえば、やはり花よりも鳥の歌だと思う。バードがいうように、日本の春にはほとんどないものだ。

 

クロウタドリの歌声(Wikimedia

 

ピストルとは何ぞや

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 先日、米コロラド州のスーパーで起きた発砲事件で、容疑者が使用したのがAR-556「ピストル」だとCNNで伝えられた。──コンパクトながら、どう見ても現代的なアソールト・ライフル(突撃銃)なのだが。誤記なのかとも思ったけれど、『ニューヨーク・タイムズ』紙など、よその記事でも「ピストル」表記になっている。

 ルガー・ファイアーアームズ社のサイトをみると、はたして「AR-556® Pistol」と銘打たれている。NATO標準の5.56mm弾仕様のラインナップには、899ドルと949ドルのモデルがあるようだ(ここ)。その外観は、AR-15にそっくりに見える。近年では関西でも、その筋の団体が抗争に使用したというほど、出まわっている小銃である。

 『ワシントン・ポスト』電子版の記事が、事情をわかりやすく解説してくれている。この手の銃を「ライフル=スタイル・ピストル(Rifle-style pistol)」と同紙は呼んでいる。日本語でいうと「小銃様式の拳銃」ないし「小銃型拳銃」といった風情か。米国における法制上、ライフルとは、おもにバレル(銃身)とストック(銃床)によって規定される。それだから、メイカーはこれらの部分を巧みに設計して規制を回避し、ライフルの機能を備えながら、法的にピストルと分類される製品を製造している。前提として、ライフルの販売規制のほうが厳しいことはいうまでもないが、こうした製品は現に「ピストル」として流通しているのだと記事にある。しかしてその実態は、ピストルに比して、射程もながく殺傷能力もたかい小銃弾を使用する武器なのである。市井には、普及したAR-15の扱いに習熟したひとがおおいため、機構が似通った製品は好まれやすく、要人を警護するような職種ではとくに人気がたかい──ということのようだ。

 ピストルとはいったい何だったのか。またぞろシュールレアリストにつままれたような話だ。たしかに「拳銃」という語には「拳」という形態素がふくまれており、その期待される寸法を窺い知ることができる一方、「ピストル」という語では漠としている。我われはピストルのことを、こぶし大の小型火器であると、勝手に思い込んでいただけなのだろう。

 ややもすれば、日本語の「ピストル」という語も、もとは英語だろうかと勝手に思ってはいまいか。ところが『精選版日本国語大辞典』は、オランダ語の「pistool」を項目の冒頭に挙げている。つまり蘭学からきているというのだが、それならば音としては「ピシュトール」にちかいはずではないか。また、ものの本によると、17世紀に新井白石シチリアの宣教師から「ペストル」と聴き取ったというのだけれど、現代イタリア語であればむしろ「ピストーラ」となりそうなものだ。いずれにせよ、すでに徳川幕府のむかし、さまざまな口から語られるほど欧州にひろく流通していた語であった。

 起源をたどれば、たとえば英語のpistolとは、トスカーナ地方のピストイアにちなんでいる、とブリタニカの百科事典は言っている。かの地では、15世紀後半にすでに銃器が製造されており、16世紀にはさかんな生産で名がとどろいていたとある。

 いまひとつ英語の辞書をひけば、もとはドイツ語のPistole(ピストーレ)からの転で、その起源をさらに辿ると、チェコ語のpíšťala(ピーシュテャラ)にゆきつく、という説にも出合う。『メリアン=ウェブスター』など、おおかた英語のオンライン辞書では、このピーシュテャラ説のみ採用していることが多い印象である。

 ピストルとその類の語彙がロマンス系の出自であり、件のピストイアに発するという前者の説は、16世紀、かのアンリ・エティエンヌが唱えたものらしい。それにたいし、19世紀に反論よろしく「ピーシュテャラ説」を開陳したのが、じつはフランチシェク・パラツキーだった。

 史実をロマン主義的な眼鏡でながめれば、15世紀にフス派の反乱にみられた独特のゲリラ火器の使用には、たしかにナショナリストの胸をわしづかみにする浪漫がある。それがのち『愛郷歴史事典』などに採り上げられ、人口に膾炙するようになったものとおもわれる。ただし、現代チェコ語でピーシュテャラといえば、楽器としてのパイプないし笛のみを意味する。拳銃のことはそう呼ばず、借用語を用いてpistole(ピストレ)と称している。パラツキーの時代までにはそうなっていたのだ。

 フス戦争のピーシュテャラにしてからが、やはり長物であったと考えられており、拳サイズの武器にかならずしも限定されないピストルという語の起源としては、なるほど合致する。たとえば、プラハ軍事史研究所のサイトの記事に、先端部のレプリカの写真がある(これ)。鉄製で、たしかに笛に似る。長さ420ミリ、口径が16ミリとはいうものの、木製の柄にとりつけて使用したと思われるため、残念ながら発砲時の全長まではわからない。

 

*参照:

www.cnn.co.jp

edition.cnn.com

www.washingtonpost.com

www.ruger.com

www.vhu.cz

 

*上掲画像はWikipedia

 

東岸西岸の変異ウイルス、遅速同じからず

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photo by suju-foto

 「燕が一羽とんだとて、春を意味するわけでなし」という諺言がある。イタリア語では「夏」というところ、ドイツ語やフランス語など、おなじ大陸でもアルプス以北で「春」といわれるのがふしぎである。ともかく、疑りぶかい人びとは、証拠能力の曖昧な事象にひとつ出くわしたところで、すぐに吉兆だと信ずる気にはならない。春一番が吹きましたとか、桜が開花しましたくらいで、浮かれることができないのが、ながく陰鬱な厳冬のなかでやりくりしてきた人間の、しぜんなメンタリティだと思われる。──なんのことはない。すっかりロックダウンに慣れっこになってしまった、世界中の人びとも似たような心持ちでいるのではないか。

 ちょうど日本のメディアには、いよいよ桜が開花したというニュースも出来した。東西を見渡せば、開花時期と同様、ワクチン接種の進捗もところによって様々である。気づけば春分も過ぎ、疫禍のさわぎがはじまってから一年がたっている。

 ところで、『文藝春秋』誌の塩野七生の連載がいつごろからつづいているのか、じつは知らない。たいていは古代ローマや現代イタリアと日本の政治とをくらべて、「日本しっかりしろ」というおちがつく様式美ではあるが、意外に愉しい。20年以上まえにベストセラーになったローマ人の作品群はさっぱり面白くなく、ギボンや弓削達のほうがいいなどと嘯いていた、いまおもえば生意気な若輩のひとりであった。そういう記憶に照らして「意外」という意味である。

 このあいだ、電子版の三月号(2021年2月発売)のエッセイを読んでみて、去年の同月号をダウンロードしてしまったかな、と思ってしまった。行動規制のなかの閑散としたローマ市内の様子がつづられていたからだ。びみょうに異なっていたのは、一回目のロックダウンとはちがって、住民のあいだの連帯感が失われている、という指摘であった。つづく、quarantineの語源となったヴェネツィア共和国の故事の紹介も、一年前さかんに目にした挿話だった。この全人類参加型のトラック競技も、もう二周目にはいっているのだ。

 まったく別の文脈から、市当局がスペイン広場の階段に腰をおろすことを禁じた、というのが報道されて久しい。たしか過剰な観光客に市民が辟易した由で、振り返ってみれば贅沢な悩みだったとおもう。けれども、ローマ在住の筆者がそのルールをご存知なかったらしく、警官に注意されたくだりなども興味ぶかかった。現地に住んでいると、住んでいるというだけで安心してしまうけれども、あんがい知らないことは知らないながら済んでしまうものなのだ。ちょうど東京に暮らすひとが東京タワーに登ったことがなかったり、横浜に生まれ育ったひとが中華街に不案内であったりするようなものか。日本人であればこそ、あえて日本文化を知る必要などないと胸をはってみせたのは、坂口安吾であったが。

 感染症対策に関しては、規制内容のこまかさにはもはやうんざりで、あえて細則まで知ろうとも思わなくなった。いつ終わるともしれぬ冬に、安吾ではないが、開き直りたくなるのも無理はなかろう。東西のどこに住んでいようと、こういう向きも多いと想像する。これが連帯感喪失の一面ということか。

 とまれ、緊急事態宣言が解除された日本とは対照的に、来月にひかえた復活祭にもロックダウンがつづきそうな、欧州である。

 

*参照:

www3.nhk.or.jp

www.nikkei.com

www.bbc.com

www.kansensho.or.jp