ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

クリスマスには鯉(2)

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 クリスマスは、異教の冬至の祭りに由来する。ジェイムズ・フレイザーなどを読むと、そういうことが延々と論証されている。のち、それをキリスト教会が採り込んだものであると。

 中部ヨーロッパにおいて、クリスマス・ディナーのさいに鯉をたべる慣らいがあることは、以前も書いた。魚ということで、ついキリスト教と結びつけたくなるし、じっさい中世のむかしから説教師はいろいろこじつけたという記述もあるにはあるが、がんらいクリスマス自体がキリスト教に連関がなかったのだから興も醒める。

 一説に「クリ鯉」が習慣として一般庶民にひろく普及したのが第一次大戦後であったとされるのは、戦争末期からつづいた食糧難の影響かもしれない。ウィーン料理の歴史をひもとくと、この時期、おおよそ用いられないような食材が活用されたというのだ。鴉の肉まで喰ったというくらいで、なんだか気味が悪いが、それほど逼迫していたものと偲ばれる。クリスマスくらいはまともな食事を、というニーズが戦後の市中に急増したとしてもふしぎはない。鯉は養殖しやすい魚といわれ、入手もまたすぐに容易になったのではないか。

 じっさい、鯉はそれ以前から日々の食卓にのぼっていた。日本の内陸部においてと同様、海からへだたった土地では、ふるくから重宝された食材だった。19世紀前半からハプスブルクの帝国において絶大な人気を博していた料理の書というのがあって、そこにも鯉料理のレシピが載っているのである。

 マグダレナ・ドブロミラ・レティゴヴァー(レティヒ夫人)による『家庭の料理書──ボヘミアモラヴィアの子女のための肉料理と精進料理に関する論考』というのがそれだ。この書は、帝国じゅうで愛読され、作成者不明の海賊版すら出まわっていたというほどだった。チェコ語とドイツ語の版で増刷されつづけ、いまでも復刻版が売られている。チェコスロヴァキアでは「ブルジョワ文化」として家庭料理の文化が衰退の極みにあった社会主義時代にも、使い古された同書が母から娘へとたいせつに受け継がれたそうである。

 さて、いまもクリスマスの団欒にこのんで供される「鯉のフライ(スマジェニー・カプル)」にしても、単純な料理であるがゆえに、同書にあるレシピも現代のそれと調理法じたい大差はない。

 ──捌いた鯉を切り身にしたのち、塩してから半時間ほどおき、その身を布で拭いてから、穀粉、卵、「すりおろしたゼンメル」の順につけて衣を形成し、熱したバターで「赤く」なるまでよく揚げ焼きすべし──というものだ。カワカマスやペルカやほかの魚も同様に調理できる、とされているが、川魚ばかりが例に挙げられているところが内陸のボヘミアモラヴィアらしい。

 また、現代チェコ語にはstrouhankaという語があるが、同書では上のように「おろしたゼンメル」と表現されている。ちなみに粗挽きが特徴的な日本のパン粉も、いまやpankoとして世界で知られるようになっている。だから、流通や小売りの業界では、strouhankaの一種ではありながらも、pankoは特定の種類の商品をさす語でもある。

 文法面で面白いのは、現代のチェコ語のレシピが直説法か命令法の一人称複数、すなわち「……しましょう」と書かれるのにたいし、同書では命令法・二人称単数、つまり「……せよ」「……しろ」「……すべし」というふうに書かれているところだ。「指南書」ということばがしっくりくる。

 ほかにも、同時期のウィーンでは、アナ・ドルン夫人がものした料理書がよく知られているが、こちらにも鯉料理のレシピが複数でてくる。それほど、ハプスブルク帝国ではひろく鯉が好まれていたらしい。

 ところで今年はというと、世界的な物価高騰のなか、文化を継承した国ぐにではクリスマスをまえに鯉の小売り価格もつり上がったと報道されていた。さらに気がかりなのは、これから年明けにかけてのウクライナ情勢である。集結したロシア軍との鞘当てのゆくえ次第によっては、インフレやエネルギー危機にも拍車がかかり、カラスまで喰ったという100年あまり前の悪夢の食生活がもどってこないともかぎらない。

 ウクライナとて旧帝国領の例にもれず、鯉食文化があるのだ。……もうすこしオーストリア=ハンガリーチェコスロヴァキアという「自国」の歴史を気にかけていれば、そもそも2014年からのウクライナ内戦にも異なったエピローグを準備できたのではあるまいか。

 ごく短期ではあったとはいえ、ウクライナ語をめぐる一方的な言語政策は偏狭な民族史観の産物にちがいない。全人口のほぼ半数にのぼるロシア語を母語とする人びとの反発も招いた。これに付け込んで工作をすすめたのがロシア連邦だった。けっきょく、ロシア系住民が多数派を占める東部地域は、かつての「ズデーテンラント」と化してしまった。

 おろかな人類は何も学んでいない。19世紀の魚フライの作りかた以上のことを学び直さねば……。

 

*参照:

www3.nhk.or.jp

www.bbc.com

*上掲画像はWikimediaより