ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

カレル・ゴット逝去。Gott ist tot...

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 10月1日の夜遅く、チェコ共和国の国民的歌手、カレル・ゴット(Karel Gott)が亡くなった。80歳だった。2016年から急性白血病を患っており、2019年9月に闘病を公表したばかりだった。

 現代チェコ語会話で、人名「カレル Karel」にたいする定型の愛称たる「カーヤ Kája」が、文脈や脚註なしに用いられる場合、十中八九このカレル・ゴットのことを指すと思ってよい。

 つまり単なる音楽家ではない。国葬になるのか、いや大統領でもあるまいし、前例がない──とは、レポーターのつたえる巷の議論であるが、ロイヤル・ファミリーなどない国にあって、このカリスマの存在の大きさがよくわかる。まさにキング、いやゴット(神)であった(むろん、今般の報道ではニーチェを引いて、"Gott ist tot"──神は死んだ、と書きたてられている)。

 1939年7月14日、プルゼニュに生まれるも、早くに一家はプラハへ転居。はじめ組立工として近郊の電機工場に勤務したが、1958年にオーケストラのオーディションに参加したことをきっかけに、コンセルヴァトワールでオペラを学ぶ。1962年、デュエット曲を発表するや、あれよあれよという間に国民的人気を獲得した。

 一介の工員がスターダムにのし上がったという「創られたシンデレラ・ストーリー」も、労働者独裁の共産チェコスロヴァキアに暮らす人々が熱狂した理由でもあろう。国内の歌手を対象に、アンケートで受賞者が決定される「ズラティー・スラヴィーク(ゴールデン・ナイチンゲール賞とでも訳そうか)」を、1963年から、同賞が廃止される1990年代初頭まで毎年のように受賞。のち創設された「チェスキー・スラヴィーク(ボヘミアナイチンゲール賞)」も、おなじく毎年のように受賞しつづけた(いずれも男性歌手部門。年によっては特別賞も)。

 歌謡に舞台に映画に画業にと、およそ60年にわたって活躍をつづけたカレル・ゴットは、イメージからいうと、日本でいう加山雄三だろう。生年も近い。そんな「チェコスロヴァキアの若大将」が映画に関わったのは、オルドジフ・リプスキーの『レモネード・ジョウ、あるいは西部劇』(1964)の楽曲を担当したのが嚆矢となった。

 テノールの美声と爽やかな容姿、また堪能なドイツ語で、ゴットはドイツ語圏、なかんづく西ドイツでも人気を博す。すると、外貨獲得の功労者として共産党政権によって極端に厚遇されるようになり、かえってそれがまたチェコスロヴァキア国内の人気に拍車をかけた(ドイツ諸邦ではとりわけ『みつばちマーヤ』の主題歌で記憶されている。原作はドイツの児童文学ながら、アニメ自体は日本製であった。ちなみに、ゴットは1970年代に日本にも来たことがある──というとチェコの人々も一様に驚く)。

 だから、「人間の顔をした社会主義」がふたたび求められた、世に言う「憲章77」の反体制運動が起こった際に、ゴットが共産党政権側に立って演説をぶったのも、ふしぎなことではあるまい。

 しかしながら、1989年のいわゆる「ビロード革命」に際しては、一転して、反体制派の側に与し、デモに加わった。それで、多くの共産党御用芸能人が消えたなか、体制が替わってもかわらず音楽の世界で活躍しつづけることとなった。

 ──アーティストが政治的な活動をすることに、とくに意見などない。が、節操が無いなどといわれようとも、芸術家というのはこれくらいでちょうどよいのではないか。身近な人間関係よりも政治信条のほうが大事だという人間だったならば、ここまで愛されることはおそらくなかった。

 つい数年前だったと思うが、シュヴェヒャートへ向かうウィーンの列車内でも、カレル・ゴットが大きく配されたポスターを見かけたものである。JRの「そうだ、京都へ行こう」にも似た、「カレル・ゴットとプラハへ行こう」という趣旨の、オーストリア連邦鉄道による広告であった。ドーナウ帝国を股にかけて活躍した、軽快で多才な芸能のひとであった。 

80/80 největší hity 1964-2019

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  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: MP3 ダウンロード

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*つい半年ほど前にリリースされた、13歳の愛娘とのデュエット:

www.youtube.com

*ドイツ語版『みつばちマーヤ (Die Biene Maja)』:

www.youtube.com

*映画『レモネード・ジョウ』より:

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*ヴィェラ・ヒチロヴァーの映画『遺産相続、あるいは、くるゔぁほしぐーとぅんたーく』(1992)にも、本人役で登場した(下記動画2:05すぎあたり)。この映画も好きだった。このシーンの撮影のあと、ゴットの車が盗まれたという挿話も伝わっている:

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英語圏では、"Sinatra of the East"(共産圏のシナトラ)として知られた。BBCの記事中の映像クリップは「ビロード革命」のさなか、カレル・クリルとともにチェコスロヴァキア国歌を歌い上げるカレル・ゴットの様子:

www.bbc.com