ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

プラッツェン高地の歩き方

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 アウステルリッツ三帝会戦──とは、とくべつに歴史に興味がなくとも、トルストイの『戦争と平和』や世界史の教科書によって知るひとも多いはず。この名称はしかし、ナポレオンがプロパガンダのためにひろめたものにすぎない。実際の戦場は、現在のチェコ語の名称でいうブルノとスラフコフのあいだにひろがる平原や村々であったことに鑑み、「ブリュン=アウステルリッツ間の戦い」とでもいうのが誤解のない中立的な謂いということになる。平らかな地形のなかにも、なだらかな丘陵が点在しており、とりわけ中央に位置するプラッツェン高地をめぐる駆け引きが、戦いの要諦となった。

 だから、会戦について興味を抱く観光客は、アウステルリッツ(スラフコフ)の町よりも、プラッツェン高地(プラツェ)にまず行くべきだ。

 歩いてみるとわかるが、急峻な勾配など無いにも拘わらず、325メートルの標高があるという高地からは、戦場の隅々までが見渡せる。開戦前に馬で入念に地形を見分して廻ったというナポレオンが、これを見逃すはずはなかった。古戦場を好む向きには、ぜひ足で登ってみてほしいところである。

 

 ゲイトウェイは、ブルノ。ナポレオンの大陸軍が司令部を置いた地、ブリュンである。ウィーンやプラハからブルノまでは、鉄道かバスで行くのがお奨めだが、もしロンドンあたりから空路ブルノ=トゥジャニ国際空港に降りたつならば、プラッツェン高地はそこからわずかに5キロほどである。

 ブルノの各駅から現地までは、タクシーで向かうのがいちばん楽だろう。14、15キロほどの道のりで、500Kč(コルナ)くらいの予算をみておけば充分だろうか。──だが、そうするともう、書くことがないし、なにより地形を体感することができない。

 

 そこであえて──ブルノから公共交通機関で行く場合の要領である:

  • ブルノ筆頭駅(Brno hl. n./ ブルノ・フラヴニー・ナードラジー)正面から出て直近のトラム乗り場から、48番のバスを利用する(バス乗り場も兼ねている)。ただし、1時間に1-2本しかない。所要時間は30分強だが、3区間乗車することになるので、チケットは「3ゾーンないし90分有効」のものが必要。黄色い券売機かキオスクで、または運転手からも買える。時間帯によっては学童多数が利用する。
  • 停留所「Prace, náves(プラツェ、ナーヴェス)」下車。
  • 降りたバスの後ろ方向に伸びる一本道、南の方角へゆるやかな坂道をのぼってゆく。徒歩15-20分ほどで、頂上に到着。
  • (ほかに、40番のバスでソコルニツェまで行って、北東方向へ登ってゆくルートもある。ここもテルニツェとともに激戦の舞台となった)。

 ──3、4回は訪れたことがあるが、路線バスで行ったのは一度きりだ。空港を左手に見たあとは、コビルニツェ(コベルニッツ)を経由してプラツェの町にアプローチすることになるが、右手にひろがる平原や遠く高地を眺めながら、驃騎兵の軍馬が駆け巡るのを妄想に見るのもわるくない。

 現在の高地頂上には、「平和の石塔(モヒラ・ミール)」と名づけられた記念碑と、附属した展示施設(小さな博物館)がたっている。

  • 記念塔は、戦没者慰霊のための礼拝堂となっており、内部の見学が可能。料金は25Kč。展示施設のほうの「マルチメディア展示」は70Kč。両方併せて申し込むと、86Kčとなる。写真や動画撮影には、別途料金がかかる。
  • 5月から9月までは、定休日なし。10月から4月までは月曜休館。9月は9時から17時までの開館だが、月によっては16時30分までとなる。閉館60分前までの入場が必要。
  • 詳しくは公式サイトを参照(英語):The Cairn of Peace Memorial

 カトリックの司祭で教育者でもあったアロイス・スロヴァーク(1859-1930)の発案で、この地に戦没者慰霊のための記念塔が建設され始めたのは、1910年のことであった。設計は、ヨゼフ・ファンタ(1856-1954)。 1914年に計画された開場式典は、第一次世界大戦勃発のために延期され、じっさいオープンしたのは、1923年になってから──ということを、若いガイドが、チェコ語か英語で説明してくれる。ちなみにファンタは、プラハのフランツ・ヨーゼフ駅の駅舎を設計したことでつとに名がある。

 全高約26メートルの頂上には、十字架があり、キリストらのレリーフが施されている。正面には、4つの言語による銘板がそれぞれあり、また塔の四方を守るシールドを保持する男性像も、フランス、ロシア、オーストリアモラヴィアが擬人化されたもので、楯の図案からそれぞれを識別できる。入り口の両脇には、兵士たる夫や息子を喪ったとおぼしき歎き悲しむ女性像が配置されているが、地元モラヴィアのクロイ(民族衣装)を着ており、片方はリーパ(フユボダイジュ)の枝も握っている。──ということで、やはりアール・ヌーヴォーチェコスロヴァキア国民主義をつよく感じる建造物になっている。建立が会戦から百年も経ってしまっているから致し方ないとはいえ、アンピール様式でないことに不満をもつ向きもあるかもしれない。

 その背後の展示施設には、多くはないが館蔵品の展示もある。チケットはここで買う。カフェもあるので、ひと休みもできる。「マルチメディア展示」とは、ひと昔前の意味合いでの「マルチメディア」を想像していただきたい。オーディオ・ヴィジュアルを駆使した解説が流れるので、「英語」や「チェコ語」をタッチパネルで選択して視聴する。会戦へ至る歴史的文脈や戦いの推移などをおさらいさせてくれる。

 

 じつは、ほんらい観光客に勧められる行事として、毎年の12月2日にもっとも近い週末に開催される、会戦を模したイヴェントがある。サントンの丘のふもとで、往時の軍装をまとった愛好者らが、実際に発砲し、馬で駆け、勝ち鬨をあげ、突撃するのだ。見物人も世界中から大勢あつまり、スラフコフの街には露店がたち並ぶから、お祭りさわぎとなり、なかなか楽しい。

 ──ところが、寒いのである。ナポレオンは「アウステルリッツの太陽」などというが、あれも単なるプロパガンダだったにちがいない。モラヴィアの冬である。たいてい空はどんよりとした灰色の雲に覆われ、遮蔽物のない平原には丘のうえから冷たい風が日がな一日、吹きおろす。実演している人びとは動き廻っているからまだいいだろうが、佇むだけの見物人としては、氷点下にふるえながら歴史絵巻を観るという覚悟がいる。

 それでも熱烈なナポレオン崇拝者は、万難を排して行くべきだろう。だが、覚悟がない者には、ハイキングがてらプラッツェン高地にでも登ることをお勧めしたい。冬将軍が来るまえに。

戦争と平和 DVDBOX

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戦争と平和 (字幕版)

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