ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

コンビニ考

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photo by Duy Nguyen

 コンビニ大手・セブン&アイHDが、米石油精製会社マラソン・ペトロリアムとM&Aの交渉をしているという報道があった。何のことかと思ったけれど、ガソリンスタンド事業の買収というから合点がいった。

 今は昔、20世紀の終わりの頃、ドイツ滞在を始める当初などは日本の「コンビニ生活」の癖が抜けきっておらず、ちょっとした不安のようなものを覚えたものであった。この10年ほどの間にだいぶ緩和されたとはいえ、当時はまだドイツ連邦共和国には悪名高い「閉店法」が存在したのだった。商店は夕方早々に閉まり、日曜などは街々に人がいない、というような事情はよく知られていた。州法によって詳細は異なるから、地域によって差異もあったが、それだけに情報が錯綜してもいた。ウェブにそれほど情報もない時代でもあった。──ところが、である。すぐに近所のガソリンスタンドが終日営業していることに気づいたのである。拍子抜けした。夜中でもクロワッサンやビールが手にはいるのを発見し、安堵したものだった。

 少子化、人口減少、労働力不足……などということがさかんに報道され、コンビニ経営をめぐる状況も騒がしく報じられるようになっている。店員の確保に窮したがために、24時間営業をやめて時短営業に切り替えた店主が、本部から制裁を受けたという趣旨である。「沈黙の経済」として、かつてもてはやされた業界の凋落の兆候にもみえる。時代は変わった。

 個人的にはドイツに行く前の不安を記憶しているから、いつでも開いている近所のコンビニとその恩恵による便利な生活を喪失する不安や不満というのが、わからないでもない。だが、町じゅうの店舗を、24時間まわす必要がはたしてあるのかどうか。当時のドイツを知る向きは、昼休みが終わると同僚や同級生の鞄からポロ葱がとび出している、などという光景をご記憶の方も多いことだろう。それで何が問題なのだろうか。じっさいには、夜中に小腹が減ることはあっても、どうしても焼きたてのクロワッサンでなければならないという法規などがあるわけではない。

 大企業と店舗オーナーの対立が、終わりなき泥仕合に陥ることは目に見えており、なんらかの立法措置が必要であろう。その場合、ドイツのガソリンスタンドのごとき例外を設けておくことが、むろん前提となる。そのうえで、手始めとしては、たとえば「盆暮れ正月閉店法」といった限定的なものでもよいのではなかろうか。とはいえ現実には、セルフレジや無人店舗の普及のほうが早いかもしれない昨今の情勢である。

 さて、国境を越えたチェコ共和国には、かつてのドイツほどの厳しい法規はない。プラハの鉄道駅や空港には、BILLA等のスーパーマーケットがはいっており、旅客にコンビニ同様の便宜を提供しているが、とうぜん夜は閉店する。市中にも厳密な意味でのコンビニというものはないといってよいと思うけれども、ガソリンスタンド事情はほぼ共通しており、さらに最近ではキオスクから発展した売店もチェーン展開して夜間営業していたりはする。ほかにも「ヴェチェルカ」などと呼ばれる食料品店が散在するが、ヴィエトナム、アラブ、バルカンの人々といった民族的少数者による個人経営が多いという印象がある。

 それでは、日本語の「コンビニ」という語はどう翻訳されているのだろうか。辞書的には、「smíšené zboží」か、上述の「večerka」と回答すれば、満点がもらえる。ところが、たとえば村上春樹に出てくる「コンビニ」はどうかというと、「supermarket」すなわち「スーパーマーケット」と訳されている。すくなくとも、ハルキ・ムラカミのチェコ語版を手掛けるトマーシュ・ユルコヴィチにかかると、そうなるわけだ。たしかに成田のコンビニでも、プラハの駅のスーパーでも、やっていることは同じではある……。コンビニは、やはり要らない子なのか。

 2018年の武田薬品によるシャイアー買収額には及ばぬとはいえ、2兆円という買収規模に度肝を抜かれたが、それだけではなかった。日本も人類も過渡期にあるようにも感ぜられた、存外に玄妙なニュースであった。  

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