明日は鴨たべるのか──と、時候の挨拶のつもりで訊いたが、ばかな間違いをしでかしたことに気づかなかった。
質問された友人は、なんのことかとしばらく思案したのち、「カモ(kachna)じゃなくて、ガチョウ(husa)だろ」といった。大笑いした。寒くなってきた折り、潜在意識では鴨南蛮にでも飢えていたのだろう。そんな日もあった。
聖マルティヌスの日といえば、ガチョウの料理を喰う習慣になっている。といっても、共産党が人民のアヘンたる宗教を弾圧して以来、世界に冠たる無神論国家となったチェコ共和国で、この聖人の日が祝われるようになったのは、つい最近のことである。2000年ごろはそれほど盛んでもなかったが、2010年にはすでにロゴのついたワインなどがよく目につくようになっていたような印象がある。資本主義の発達した旧宗主国のオーストリアやドイツに倣って導入されたとおぼしい新しい習慣であって、どうしてもたべるものというものでもないらしい。ガチョウ自体は一般的な食材ではあるにせよ、ボヘミアやモラヴィアでは、それほど慣れ親しんでいるひとばかりでもないのだ。
だから祝うといっても、おおくの日本人におけるクリスマスやハロウィーンのようなもので、西側での慣らいとは異なり、たんに消費を楽しむ日という観がある。何を消費する日なのかと問えば、ご案内のとおり、ワインとガチョウということになる。とりわけ、その年の新酒である。のんべえというのは、呑む理由があればいっそう酒が美味い、という人種であるからして、ただそれだけのことだ。
この聖マルティヌスの11月11日というのは毎年、ボージョレ・ヌーヴォーの解禁日より早い(ボージョレの新酒解禁は、原則的に11月の第3木曜日)。ボージョレ同様に、地元産の新酒の栓を開ける日となっているので、これにあわせてガチョウ料理を予約しておくと、いっしょに愉しめるという寸法である。異なるところは、ボージョレのほうはガメと決まっているのにたいして、ライン河以東で聖マルティヌスに捧げられる新酒については、赤・白・ロゼ、葡萄の品種もさまざまである点、だろうか。
しかし、ボージョレ・ヌーヴォーにしてもそうだが、熟成させていない若いワインというのは不味いもので、本質的には、旬のもの、季節感を味わうためのものにすぎない。だから、新酒を一杯だけ嗜んだら、店が普段から勧奨するボトルに移行してもかまわない。ガチョウにしても、とりたてて新酒に合う素材だからというわけでもなく、聖人の故事が挙げられ、もっともらしい説明が流通しているが、けっきょくは農事暦にもとづく民俗的な風習に由来するものであろう。チェコでは、この習慣にいまひとつ乗りきれていないひとも周囲には多かったが、このあたりとも関係がありそうだ。けだし、風流を解さない無神論者たちの合理主義である。
──といっても、旬を愛でる日本人にとっては、あらためて説く必要もあるまい。日本は、風味などお構いなしに、輸出向けのボージョレ・ヌーヴォーの大半を輸入している国でもあるし、他人様に指図されずとも、四季の愉しみばかりはよくわかっているのであった。──ああ、鴨南蛮たべたい。
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