ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

『アルゴ』──威信の失墜

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photo by Mohammad Shahhosseini

 大山鳴動して、邦人たった1名を救出……みたいに貶した野党議員もあったけれども、のちアフガン市民の移送にも自衛隊は成功していたことが伝えられた。カーブル脱出作戦である。

 しかし、7月はじめの米軍のバグラム空軍基地撤収を、日本の外務省は口を開けて見ていたのだろうか。イラクの悪夢が関係者の脳裡をよぎったものか、外交官はさっさと引き揚げてしまった。その後で、在留邦人や現地の協力者の運命が議論の俎上にのぼった。いろいろ釈然としないものがある。

 現地の日本大使館が畳まれたあととなっては、23日にカーブル空港へ派遣された自衛隊にできることはあまりなかった。米軍ですら空港外での作戦能力を失っていることを、すでにホワイトハウスも認めていた。けっきょく、26日になってISIS-Kによる自爆テロがおこり、退避希望者を乗せたバスは空港ゆきを断念したとされる。

 難しい作戦であったにちがいない。救出隊を派遣した各国とも、一定の成果をあげながら、それぞれの敗北をあじわった。それでもドイツ連邦軍は4千人以上を輸送したことをTwitterなどで誇ったし、英国のロウリー・ブリストウ大使は現地に踏みとどまって、自国民やアフガン人スタッフの出国支援をつづけ、1万5千名ちかくを退避させたとツイートしている。

 ターリバーンは、来るべき自分たちの統治がけっして人道に悖るものではない由、世界のメディアをつうじて情報操作を行なっている。20年間でターリバーンは変わったのだという印象を与えようとしているのだ。そのいっぽうで、民間人までも巻き込んだ掃討剔抉作戦を展開していることは確実とおもわれる。外国の記者が現地に残した家族が、ターリバーンによって捜索され殺害されたという報道などがそれを裏づけている。

 ところで、こうした状況には既視感があった。──映画で見たにきまっている。

 バグラム基地や、2000年代初頭からのビン・ラーディン捜索をめぐっては、カスリン・ビグロウ監督『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)がまず思い出される。「撤退」というモチーフならば、近年ではクリストファー・ノーランの『ダンケルク』(2017年)がよかった。古いが、邦画では 丸山誠治『太平洋奇跡の作戦キスカ』(1965年)もお気に入りだ。ただ今回は、兵隊だけの撤収ではなく、むしろ民間人がカーブル市内に虜囚も同然のていで取り残されているところが異なる。

 そこから連想したのは、ベン・アフレック監督・主演の『アルゴ』(2012年)だ。

 1979年、イランでイスラム革命が起こると、抗議の群衆がテヘランの米国大使館に押し寄せた。革命の仇敵・パフラヴィー帝を、米国政府が保護しているとみられていたのである。

 たちまちのうちに、一部の暴徒が大使館を占拠する事態となった。民間人とはいえ、裏には革命勢力がいるのは自明であった。だが、大使館警備を担う海兵隊員らも、これを傷つけてしまっては全面的な戦争を招きかねず、実弾を使用することはできなかった。催涙弾で威嚇がつづけられている間、職員らはといえば、重要書類を処分するのがやっとだった。

 いっぽう、領事部の建物はすこし隔たったところに位置しており、そこで業務に当たっていたスタッフ6名が脱出に成功する。とはいっても、テヘラン市内はほとんど戒厳令の状態で、けっきょくカナダ大使によってかくまわれることとなった。

 大使館をまるごと人質にとられた事態に、特殊部隊デルタ・フォースを主力としたイーグル・クロー作戦が決行され、けっきょく失敗に終わるが、それはもっと後のことである。まずは、難を逃れた6名をいかに国外退避させるかが焦点となったものの、やはり計画の立案は難航した。ところがあるとき、CIAのメンデスが映画『猿の惑星』の放送を目にしたことで、ある妙手が浮かんだのだった。

 トニー・メンデスは、製図を学んだのちグラフィック・アーティスト枠で採用された、異色のCIA職員だった。偽造パスポートの作成などを得意としたが、事件当時は救出作戦を担当していた。映画業界にメイキャップ・アーティストの知己があり、「ハリウッド作戦」が形になってゆく。

 こうして、中東を舞台とするSF映画『アルゴ』という、怪しげな企画がでっち上げられる。この作品のテヘランでの撮影にさきがけて、現地でロケハンを敢行する制作スタッフを領事部の6人に装わせ、堂々と民間航空機でイランを脱出させようというのだ……。(つづきは本編をご覧ください→Amazon Prime

 まもなく、ときの大統領ジミー・カーターは、現職でありながら選挙に敗れ、一期かぎりで政権を去った。国内経済の悪化が主たる敗因だったとはいえ、イラン革命アメリカの威信低下を招いたことも影響していると指摘されており、さらに革命の混乱も第二次石油危機となって米国経済にさらに打撃を加えることとなった(たとえば、今川瑛一「カーター大統領の挫折 : アメリカのアジア政策」『アジア動向年報1981年版』を参照)。

 ちょうど目にとまったのが『ファイナンシャル・タイムズ』ウェブ版の記事だ。ずばり“Joe Biden’s potential Jimmy Carter moment”という見出しだった。バイデン大統領は、アフガニスタン撤退でしくじりはしたが、つぎの選挙までは時間があるし、経済政策などほかの面で国民にアピールしてゆけばよい、というような趣旨だった。カーターと同じ道はたどらないらしい。

 経済運営で挽回できさえすれば、アメリカの有権者はアフガンの失態を水に流してくれる。また、3年もたてば、カーブルの悲劇はきれいに忘れ去られてもいる。そんなところだろう。今だって、いかほどの関心があるものか。

 目下、かの国の経済は「ポスト・コロナ」で空前の好況に沸く。その一方で、報道によれば、いわゆる「テーパリング」の年内開始もほぼ決定されたようだ。自粛生活から解放された人びとの消費意欲はしばらく旺盛なまま変わらないとしても、相場にかんしては、秋雨前線がちかづいているのかもしれない。

www.youtube.com

 

 

*参照:

www3.nhk.or.jp

news.yahoo.co.jp

www.news24.jp

www.bbc.com

jp.reuters.com

 

*追記:

www.sankei.com

www.bbc.com