ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

サイゴン陥落?

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photo by Mohammad Rahmani

 小林源文の劇画作品がAmazonにて、月末までのバーゲン価格になっている。Kindle版のみ一冊55円からあって、数十年来の名作がまた手軽に読めるのがうれしい。むかし夢中になって読んだ作品群も、その後まとめて知人に譲ってしまった。かつてはむろん「紙の」本だったけれど、今回、ゴマブックス版の電子書籍をあらためて入手してみた。

 じつは読みたいと思っていた。このあいだ芥川賞候補に挙がった、砂川文次の中篇『小隊』は、北海道でロシア軍と交戦する陸上自衛隊の話だった。これが小林ゲンブン画伯の劇画『バトルオーバー北海道』を髣髴とさせたのだった。主たる舞台を新潟や東京・首都圏方面に設定した同工異曲ともいえる『RAID ON TOKYO』も思い出した。どちらも、今なら55円。

 ときに、大衆小説にも仮想戦記などと呼ばれるジャンルがある。架空の紛争をシミュレートして書かれた読み物だ。よく読まれていたのは、東欧ドミノからソ連崩壊前後のころではなかったか。米ソ冷戦とつづく混沌の時代には、いつ戦端が開かれるかも知らず、おおいに臨場感があったから。読者としては、現実を見るときの想像力も涵養されたかもしれなかった。

 ふたたび流行るかもしれない。先日のターリバーンによるカーブル占領は、それくらいのインパクトを世界にあたえた。20年にわたる戦いの結末は、バイデン政権のつたないやり方で「サイゴン陥落」を想起させ、衝撃の度をつよめた。

 サイゴンとは違うんです(This is not Saigon)──と米政権側はさかんに強調して、失策のイメージ払拭に躍起になったが、焼け石に水だった。いかなるレトリックも、人びとが抱いた観照を否定することはできない。アナロジーで歴史を観ることに危うさがないわけではないにせよ、この際は致し方ないように思える。すくなくとも画としては、あまりにも似すぎていた。

 トランプ前大統領も、俺なら民間人の避難が済むまで軍を撤収させなかった、というようなことを言って政権を批判した。SNSではそれに先駆けて、前政権にて国連大使をつとめたニッキー・ヘイリーの舌鋒がとくに鋭かった。ターリバーンの進撃のはやさを予測できなかったという言い訳も、CIA関係者らの証言が報道されたことによって反駁されてしまった。犠牲者でも出たら、バイデンの再選はなくなるかもしれない。

 同盟国にあたえた衝撃も深刻だった。きょうのカーブルは、あしたの台北か、はたまたソウルか。ひょっとすると、東京もこうなりかねない……。在韓米軍をめぐる噂話はあったものの、とりわけ東アジアの同盟諸国をアメリカが見棄てる可能性については、これまではほぼ考慮の外だった。としても、避難民でごった返すカーブル空港の混乱ぐあいや、なかんづくC-17輸送機の降着装置にしがみついて脱出をこころみた少年の死骸を見せられたあとでは、もっとも悲観的な想定すら脳裡をよぎったものだ。さらに懸念される現地の人道危機がまた、いっそうの不安を煽りつづける。

 そもそもトランプ政権が着手したアフガニスタン撤退は、すべては中国に抗するため、戦略資源を集中させる必要があると、バイデン政権でもひきつづき正当化された。「サイゴン」まで時計の針をもどせば、アメリカがすみやかにハノイに侵攻してヴィエトナム戦争を終結させなかった理由として、たとえばピーター・ナヴァロは端的に、背後にひかえる共産中国を無視できなかったためだと断言している。朝鮮動乱の二の舞をおそれたのだと。

 アメリカが手をひく過程で南ヴィエトナムが弱体化すると、その中国は西沙諸島を奪取した。さらに5年後には、雲南方面からヴィエトナム北部に侵攻して中越戦争をひきおこした。中国共産党にとって、スターリン批判後のソ連をバックにした統一ヴィエトナムは、一転して敵となっていた。1980年代以降は南沙諸島に侵出して、要塞化をすすめていったことも周知の通り。おおくの国と軋轢をひきおこしている。

 要するに、米中ともに、勝手な理由をつけては周辺国や近隣でもない国ぐにに進攻してきたし、情勢の変化に際してはあっさり友好国を裏切ってきた。第三国としては、どちらかの脅威をつよく感じればこそ、もう一方にちかづくよりほかないが、さりとて最終的には、またぞろ勝手な理由で梯子を外されることも当然ありうるわけだ。

 この18日にはさっそく、日本国防衛省が来年度予算として、史上最高の5兆4000億円あまりを計上するともつたえられた。いつ手のひらを返すともわからない大国に過度に依存するわけにいかない、というサブテクストがあれば、おおきな抵抗もなく通りそうなものである。人件費が多くを占めるのであろう一方、ときおり指摘される自衛隊の装備調達のでたらめさ加減には不安を覚えるほどで、放置されてよいはずもない。とはいえ、野党に期待できない現状では、賢明な納税者諸氏の想像力に希望をつなぐしかない。……だから皆さん、小林ゲンブンを読もう↓

 *参照:

www.bbc.com

www.nikkei.com

www.newsweekjapan.jp

www.nikkei.com

www.nytimes.com

www.nikkei.com