ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

13時間

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photo by Ahmed Almakhzanji

 アメリカ合衆国に関しては、ショッキングなニュースに触れたのち、何年も経ってから映画で事件の真相を垣間見ることはよくある。

 ソマリアの一件がそうだった。たしかに特殊部隊・デルタの隊員の死骸がなぶられる映像は衝撃的だった。けれども1993年に報道された時点では、何が起こったのか、よくわからなかった。時を経て、2001年の映画『ブラックホーク・ダウン』を観て、あるいはその原作を読んで、事情を呑み込んだという向きも多いはずだ。

 映画『13時間──ベンガジの秘密の兵士』(マイクル・ベイ監督、2016年)も、その手のリアリズム劇だった。

 事件は2012年9月11日のことであったから、ウェブ上には往時の報道記事がいまも残っている。たとえば、AFPの記事などは「炎上する領事館内に取り残された駐リビア米国大使、死の真相は」と題され、米当局者の証言から状況を素描している。

 ベンガジ(バンガーズィ)市は、地中海に面したリビアの首都・トリポリから見ると、東のシドラ湾をこえた先にあって、600キロ以上隔たっている。そのベンガジ市内の米国領事館がどうやら舞台であった。そこへ9・11の日にあわせて、米スティーヴンス大使が首都からやってきていた。ところが日没後に「正体不明のリビア人過激派グループ」の襲撃を受けて、殺害されてしまう。けっきょく保安要員らが応戦し、夜半過ぎにようやく領事館を奪還した──と記事にはあるけれど、とても仔細がわかるほどの情報たりえない。くわえて、それはちょうどオバーマ政権にとって再選を賭けた選挙の年にあたっていた。大使の死は、ワシントンDCでも政争となった由で、その後も報じられつづけることになったが、それだからこそますます「もやもや」は募っていった。

 その前年から一帯を席捲した、いわゆる「アラブの春」は、リビアにおいても内戦を引き起こしていた。米英仏が軍事介入する事態に至り、じつに40年以上つづいたアル=ガッダーフィー(カダフィ大佐)の独裁政権は崩壊した。その混乱にまぎれて、統制を失った軍の武器が大規模に流出しないように──とは表向きの理由であるが、とにかく、ベンガジ市内にはCIAが活動拠点を有して秘密作戦に従事していた。この機密に指定された施設が第二の舞台となった。アネクス、すなわちCIA別館、別棟、附属施設……というように名付けられているけれども、敷地には四棟以上の建物があった。

 この施設の防護を担当する警備チームが、劇映画の主役であった。グローバル・レスポンス・スタッフという、わけのわからない秘匿名は誰も用いない。もっぱら略称でGRSと呼ばれる。いずれも誰かが耳にしても何をする要員だか見当もつかぬ、よくできた符牒だ。が、見るところ、民間の個人事業主としてCIAと契約している非正規の雇員にすぎない。とはいっても、海軍特殊部隊・SEALSの元隊員とか、陸軍のレインジャー出身とか、元海兵とか、一人ひとりの経験値はそうとう高い。つまり兵隊としては、その道のエリートだ。

 ところが、CIAの現場職員のほうは正真正銘のエリートで、ハーヴァードやイェールを出て、みずからの力を全能のものとして過信している。なかんづくチーフと呼ばれる当該施設の長に顕著で、この御仁は革命が己の所業であったことを誇示しつつ、我われは戦いに勝ったのだ、平和をもたらしたのだと豪語する。勢いあまって、歴戦の警備スタッフを小馬鹿にし、いちいちやる気を削ぐ言動をとる。どこの組織にでもいる種類の人間で、いやな上司の一典型かもしれないが、だからこそ、純粋に物語の演出としてすぐれていた。リリー・フランキーみたいな俳優(デイヴィッド・コスタビル)が好演している。

 くだんのGRSの6名が、同市内の領事館が襲撃された際にも救援に駆けつけるわけだが、つづいてCIAの施設のほうも襲撃を受けるにおよんで、援軍のあてもないまま、包囲されることが前提の戦いに巻き込まれてゆく。個々の能力は圧倒的で、小火器を撃ち合うだけならば負けはしない。それでも、軽迫撃砲の一門も持ってこられると形勢がひっくり返るのもまた道理で、それだけ映画が現実に即しているという説得力も増す。そして死闘は、映画の題名に暗示されているように、翌朝までつづくのであるが……。

 2時間を超えているから、近年では長い作品といえようけれど、まったく息をつかせず、退屈などしない。空撮のカットは『ブラックホーク・ダウン』にも映えていた街のシルエットに似ているように見えたが、ひょっとするとロケの一部はまたもモロッコで行われたものか。そのいっぽう、やや俯瞰的な画角に示される古代ローマ時代の遺跡のほうは、観る者をして複雑な感情を抱かせはしまいか。フェニキアびとが建立したというレプティス・マグナが想起させるように、リビアにもふるい歴史があり、それをつたえる遺構があるのだ。

 皮肉にも、建国たかだか数百年のアメリカ合衆国のエリートが、民主主義を教えてやろうと「未開の」地で胸をはる。映画にも描かれる犠牲になった大使の屈託ない笑顔には、無邪気な理想主義がにじんでいる。憎めないひとたちには違いない。軍事力をもってして民主化させた、日本帝国などにたいする成功体験がそれを勇気づけてもいる。

 映画は、かつての独裁者ガッダーフィーに関して「クソ野郎だが、バカじゃなかった」と、現地の通訳者・アマルのせりふに言わせている。リベラル民主主義だけが、諸国民の統治にとっての最適解ではないのかもなと、ちらと観客に思わせるシーンなのである。GRSの一員で元レインジャーのタントが別れ際、このアマルに向かって「国をたて直すんだぞ」とエールを送るのが印象的だ。ちなみに「アマル」とは、アラビア語で「希望」を意味する名前らしい。──だが、見方によっては、アメリカ人に言われる筋合いもない。そもそも誰のせいなんだよ、と言ってやりたくなるのだ。

 いま、ミャンマーの軍事政権をめぐって、西側諸国は対応に苦慮しているようだ。デモを武力鎮圧したのがけしからんとか、民主化への歩みを止めてはならないとは言われている。それは間違いなくそうなんだけど。けれども、米・民主党政権の「理想世界実現公約」のごときものに付き合うと、えらい目に遭うこともありそうだ。

 もともと「ビルマ」では、カレン族をはじめ130以上いるという少数民族との武力紛争が絶えたことはなかった。ひとつ扱いを誤れば、ミャンマーソマリア化、リビア化という展開もあり得る。無政府状態となった土地にISISの残党など、ジハーディストがはいり込まないともかぎらない。内戦を回避したとしても、人権を理由とした過度の制裁の帰結は、よくて共産中国による傀儡化だろう。民主化も人権も、何もかもが水泡に帰す。

 そんなミャンマーにたいして、日本は官民あげて多大な投資をしてきており、幅広い人脈もあるという。ちょうど、10年前のリビアにたいするイタリアのような立場にあるわけだ。民主化固執するアメリカの政策に振り回されるだけならば、イタリア同様に権益を失うだけで、得るところは何もなかろう。なにより、リビアではいまだに混乱が続いているのだ。市民に銃を向けるミャンマー軍事政権も、たしかに「クソ野郎」ではあるが、なんとか「バカじゃない」統治者になるように働きかけてゆくことはできぬものか。

 今週、ガースー総理が米国へとぶ。バイデン大統領がどうしてもミャンマー民主化と苛烈な制裁に拘泥するというなら……、大統領閣下、『13時間』っていう映画はご覧になりましたか、と厭味ったらしく訊いてもらいたい。あのあと、ヒラリーさんはだいぶ共和党から攻撃されていましたよね、って。1オクターブ高い声で。

13時間ベンガジの秘密の兵士 (字幕版)

13時間ベンガジの秘密の兵士 (字幕版)

  • 発売日: 2016/09/07
  • メディア: Prime Video

*参照:

www.afpbb.com

www.cnn.co.jp

www.bbc.com

www.imdb.com