ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

新欧州のポピュリスト枢軸?

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photo by Drazen Bajer

ブダペシュト=ワルシャワ枢軸?

 チェコスロヴァキアは欧州中心部に巣食う癌であり、外科的に除かれるべし──

 ハンガリー王国を率いたホルティ・ミクローシュは1936年、そう言って、ヒトラーに談判したという。

 ところが皮肉なもので、こんにちハンガリー自体が、ポーランドチェコ共和国ともども、欧州連合EU)内部に巣食う腫瘍のごときものとなって、EUのリベラル民主主義を脅かすことになろうとは、ホルティの想像も及ばなかったにちがいない。『シュピーゲル』誌などは、例えば昨夏にも「欧州連合は自らのうちの専制君主を野放しにするな、法の支配に関するコンセンサスの崩壊とは、EUじたいの崩壊である」と警鐘を鳴らしていたものである。

 今年の4月1日、ハンガリーオルバーン・ヴィクトル首相は、首都ブダペシュトに、ポーランドのモラヴィエツキ首相とイタリアのサルヴィーニ元副首相を招き、「EU懐疑派」の結集を誓った。たとえば、時事通信が報じている。さしづめ「ブダペシュト=ワルシャワ枢軸」といったところか。5月には再びローマかワルシャワに会すると予告しているから、なおさら不気味である。権威主義国家による新たな枢軸が、ベルリン=ブリュッセルに牙を剝くいきおいを見せているのだとすれば、なんとも遠大な意趣返しにも思えてくる。

 

除かれたチェコ共和国 

 いっぽう、先週末に外信がいち早く報じたところによると、ロシア政府はアメリカ合衆国チェコ共和国の2か国のみを「非友好国」としたと発表した。プーチン大統領は、ロシア国内の公館の雇員の数を制限する法律に署名したと伝えられている。チェコ政府は先日、ヴルビェチツェ爆破工作に関わったとして、工作要員として暗躍したロシアの外交官を追放したことから、関係が悪化していた。

 EUへの懐疑では一致するヴィシェグラード協定加盟国も、対露や対中姿勢にはばらつきがある。とはいえ、結果から類推すると、西側はひとまずプラハには楔を打ち込んだ──そんな構図もおもいうかぶ。防諜機関・BISをつうじて、インテリジェンス出身のアンドレイ・バビシュ首相を脅したものか。いずれにせよ、ミロシュ・ゼマン大統領を筆頭に、ロシアに恭順の意を示してきたチェコ政府は、梯子を外されたことになる。

 このゼマン大統領は、自国を「フィンランド化」させる、とまで言ったことがある。かつてはEU支持者を自認しもしたが、のちに懐疑派に転じた。外交を経済政策の手段と見、ロシアのみならず、中国との関係改善に邁進し、1989年いらいヴァーツラフ・ハヴェルチェコ外交の柱に据えた「人権」を、優先事項からも消し去った、と同国の経済紙は評している。ウイグル弾圧に目をつぶり、チェコ共和国を「一帯一路」の枠組みでヨーロッパへのゲイトウェイにしていただきたいなどと、自国領土を差し出すがごとき阿諛追従までも駆使しつつ、中国から何十億ドルもの投資を獲得したとアピールしていたものであった。

  2014年には「ヴィシェグラード・グループ拡大」を唱えて、オーストリアスロヴェニアを加盟させる構想を表明したこともあったが、これはハンガリー当局によって即座に拒絶されてしまった。そのかわりゼマンは政府をして、オーストリアとスロヴァキアとの3か国間でスラフコフ宣言に署名せしめ、「アウステルリッツ・フォーマット」なる枠組みを創設した。アウステルリッツとは、ナポレオンに対してオーストリアとロシアの同盟が決戦を挑んだ地にほかならず、地域協力の名のもと、モスクワに秋波をおくる以外の目的があったとは考えにくい。ヴィシェグラードとは競合するものでないことは強調されはしたものの、とりわけロシアへの警戒のつよいポーランドには看過できぬものであったろうし、親露のハンガリーとて、当時のウクライナ情勢をめぐるオーストリアの立場は容れることができなかったといわれる。これでヴィシェグラード協定のV4各国間に、すくなからず隙間風が吹くようになったことは想像に難くない。こうした経緯と「枢軸」をあわせて考えると、すくなくともオルバーン政権には、ポーランドとの協力関係を幾度でも確認する動因があったにちがいない。チェコ抜きで。

 

オルバーン政権と対中協力

 ハンガリーのオルバーン首相もまた、以前は、加盟を推進してきた親EU派と目されていた。ところが2010年に自身ひきいる政党・フィデス=ハンガリー市民同盟が、キリスト教民主人民党とあわせて総議席数の3分の2以上を獲得するや、権力基盤を磐石なものとする新憲法の制定、司法改革、メディア規制を断行した。これが、EU加盟の条件でもある、民主主義や法の支配といった「基本的価値」の尊重を規定したEU条約に抵触するとみなされた。2015年以降、欧州議会では所定の「制裁」手続きを開始するよう決議がいくどもなされたが、けっきょく実行には移されていない。

 さらに学術研究や教育の分野では、かのジョージ・ソロスが創設した中央ヨーロッパ大学を敵視し、2017年の立法措置によって閉鎖に追い込んだ。政敵を支援している、というのである。法廷闘争にもつれ込んだものの、翌年末にはさすがのソロスも白旗を揚げざるを得なかった。

 ちなみにこの名門大学院大学には、出版物をつうじてお世話になった向きも多いと想像する。というのも、多岐にわたる研究・教育や学術交流、それに出版が英語によって行われているからでもある。とりわけ提携校どうしの交換制度などを利用して、日本からこの近隣の諸国に短期留学したひとなどは、ハンガリー語のみならず、チェコ語ポーランド語を習得しきれていなくとも、学期中にこの地域の政治や経済などのレポートの提出をもとめられて、英語による参考文献として重宝したのではないか。ウェブ上に学術情報が増えた昨今では、もうどうかわからないが。

 さて、その代替ということか、上海の復旦大学がブダペシュトにキャンパスを開設するに際して、協力を申し出ていたことが、ここにきて暴露された。2019年に会談した中国・王毅外相は、当該プロジェクトがいかに重要なものであるか強調したというが、それもまたインテリジェンスの一大拠点、つまり中国の欧州における橋頭堡を成すためではないかと疑われている。

 もともとは、招致が取り止めになった2032年のオリンピック計画において、選手村の建設予定地であった。その後は、学生のための低廉な住宅を最大1万戸以上も整備して、雇用の創出にもつなげるという「ステューデント・シティ」構想が進められていた地所であるという。しかも、全国の高等教育の振興のために今後数年にわたって政権が費やすとしていた15億フォリント(約57億円)の予算のうち、3分の1が充てられるとされ、さらに建設費に加えて維持費の一部もハンガリー政府が負担する計画であることが報じられてもいる。つまり、ほんらい国民の福祉のために用いられるはずであった財貨が、ひそかに中国への貢ぎ物に転用される手筈になっていた、という驚愕と批判に満ちた論調である。

 

ポーランドの法と正義

 このオルバーン政権を手本に、権威主義的な政府を打ち立てたのがポーランドの右派勢力であった。ポピュリスト政党「法と正義」(PiS)を率いるヤロスワフ・カチンスキ党首と、2017年から在職のマテウシュ・モラヴィエツキ首相が、やはり憲法を事実上「改正」し、メディアを統制している。党名は「権利と公正」とも訳しうるだけに、反リベラルの姿勢は悪ふざけにも思える。2016年以降、EUも各種の手続きで牽制を図ってきているが、制裁を実際に発動するまでには至っていない。

 このあたりの制度的なメカニズムは、たとえば庄司克宏『欧州ポピュリズム』(筑摩書房、2018年)に詳しい。庄司によると、そもそもEU加盟に際しては、人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、人権の尊重といった、リスボン条約第2条に定められたEUの基本的価値観は、加盟国がいちどは批准して、受け容れねばならないことになっている。だが、その後に成立した政権がそれらを否定しはじめたとしても、EU側には実効的な制裁を科すような仕組みを欠いている。限定された制裁にしても、実行にうつすには最終的に欧州理事会において、当事国をのぞく全会一致による決議が必要となることが大きなハードルとなっているようだ。ポーランドにはハンガリーハンガリーにはポーランドという、互いをかばう共犯者が理事会内に存在するいま、実現する可能性には乏しい。

 とまれ、ハンガリーポーランドにおけるEU懐疑派の手法は、チェコルーマニアの政権においても、とりわけ汚職縁故主義といった面で模倣されている、と前に挙げた『シュピーゲル』の記事では指摘されている。──やはり欧州連合にとっては、腹中に増殖をつづける病巣のごときものか。

 

チェコ共和国の懸念

 チェコ共和国でも、ポピュリスト政党・ANO党と社会民主党(ČSSD)による政権が2018年に成立したが、ハンガリーポーランドのような事態にまではなっていない。フィデスにしても、法と正義にしても、洪波の両党には、キリスト教を基盤とした保守主義と強固なナショナリズムが基底にある。けれどもANO党のばあいは、一見するところ、ひたすら恩顧主義的な政党で、創始者のバビシュ首相がスロヴァキア出身ということもあるのか、ナショナリズムの傾向というのもあるにはあるが、反移民的な政策ほどにとどまっているように思える。表立っては、反EU的な言辞を弄することも稀である。

 政治性向を鮮明にするのはむしろ、いまひとつのポピュリスト政党「自由と直接民主主義=トミオ・オカムラ」で、ANO党が少数政権を築かざるをえなかったのも、この党とのあいだで票が割れたためであったともいわれる。こちらは排外的な極右政党で、絶えず反イスラム的な言動をくりかえし、さいきんは同性婚に反対する旨のコメントで物議を醸した。このあたりの立ち位置はポーランドの政権にも似る。党首はいちおうカトリックの洗礼はうけているが、キリスト教民主主義の理念を包摂しているような真っ当な政党とは思えない。選挙のさいのビラは怪文書のごとき小冊子で、屠殺場の獣肉に政敵を貼り付けたような雑なコラージュが表紙を飾ったりしていたものだった。いずれにしても、ひたぶるに如何わしい政党であるにも拘わらず、おおかたの調査で10%以上の支持を保ち、4番手につけている。

 また、欧州議会では、かのAfDとも同じ会派で連携する立場でもある。党首をヒトラーとか、ファシストに喩える風潮も当然ある。たとえば戦前チェコスロヴァキアのいわゆるチェスキー・ファシスト政党が、反ユダヤ・反ドイツ人の立場であったのを思い出すに、系譜を継ぐとまではいえないにせよ、たしかに類似した傾向は指摘せざるを得ない。ファシズムとナツィズムの政治学上の相違は措くとしても、似通ったイメージが巷間で共有されていても無理はない。保護領が成立するや、ラドラ・ガイダのファシスト民族共同体(NOF)周辺の連中もけっきょくナツィズムに改宗してしまったのだから、本質的には同類だと思われている。

 シリア内戦に端を発する難民危機も峠を越え、EUとしても国境管理の厳格化がすでに諒解されているいま、排外的な言説のみで得票をおおきくのばす可能性は低下したと思われる。ただ、近年では連合王国独立党(UKIP)が、政権政党にならずしてEU離脱という政策目標を達成してしまった例にかんがみるに、この手の排外ポピュリズムの存在も、第一党にならないからといっても油断はならない。

 党名は、内務省の公式の略号どおり「SPD」と略記されることが多いが、これも如何わしさに輪をかけている。名称からして模造品なのであるから。このブログではドイツ社会民主党SPD)にも触れてきただけに、まぎらわしいので「SPD-TO」とでもしたいものだ。ついでにまた、来たる選挙では、党首の実兄が中道右派連合から立候補を予定しており、苗字だけの記載では、これまで以上に紛らわしくなるので、氏名ともに用いることを新聞メディアなどにはできればお願いしたいものである。

 

希望の緑?

 こうしたなか、現職のブダペシュト市の首長で政治学者でもある、カラーチョニュ・ゲルゲイ市長が、打倒オルバーン政権の錦を掲げて、来春に予定される選挙に名乗りを上げた、と週末に報じられたのである。

 所属政党の名称が──政治には別の形もありうる、政治は変わりうる、ありうべきもう一つの政治……うまく訳せないが、別名「ハンガリー緑の党」である。したがって、チェコ海賊党のイヴァン・バルトシュ党首がさっそくTwitter上で激励していたのも、まったく不思議はない。欧州議会の会派「緑の人びと・欧州自由同盟」では盟友どうしなのだから。そして、自身も今秋の選挙では高い支持率をもって、与党ANO党・バビシュ政権に挑む。

 ハンガリーにしろ、チェコにしろ、リベラル系のオルタナティヴ勢力から、政権打倒をめざす有力候補が出てきているのが面白い。EUの価値観を代表して闘うのが、マイノリティを代弁する理屈っぽい若きエリートというのが、すこし漫画的にも思える。

 最近の調査によると、団結した野党と与党フィデスの支持率は、およそ拮抗しているとつたわる。すでに2019年に、首都の行政をフィデスから奪取した実績もある。とはいえ、通算5回目の就任を目指すオルバーン首相には権力が集中している。前途はそうとう険しい。

 

 *参照:

www.jiji.com

www.nikkei.com

www.direkt36.hu

www.bloomberg.com

www.nikkei.com

www.sankei.com

www.afpbb.com

jp.reuters.com

www.newsweekjapan.jp

www.jiji.com

www.dw.com