ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

アンドレイ・バビシュの壺皿(3)

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photo by Miloslav Hamřík

利益相反

 承前アンドレイ・バビシュ・チェコ共和国首相が批難されているもうひとつの廉は、利益相反である。この件は、長年にわたってEUから追及を受けている。それが、この4月下旬というタイミングで、欧州委員会から最終的な判断が示された。判断とは、これまで通り「黒」である。つまりバビシュのアグロフェルト社への権利関係は明白であり、EUの農業助成を受け取る資格がなかったことを意味している。

 EU側は、チェコ共和国が2017年以降に受け取った、アグロフェルト社へのEU補助金を返還すべきとし、その内訳として欧州地域開発基金と欧州社会基金補助金にかかわる約1100万ユーロ(約14億円)であるとした。

 これに対するチェコ側の見解は、当局内部でも割れている。反論する者は、チェコの国内法をもちだして、利益相反には当たらないと断言する。なにやら、国内の三権分立が国際条約に優越すると繰り返す、極東のなんとかいう半島の国を想起させる言い分ではないか。

 首相本人はといえば、これは野党・海賊党によって意図的に操作された監査の結果であると主張し、利益相反を否定している。ミロスラフ・カロウセク元TOP党代表などは、すぐにツイートで反応したものだった──すべての犯罪者には、ばかばかしく出鱈目な発言で自己を弁護する権利がある。しかし、議会にはそのような人物を信任しつづける権利はない。重要なことは、信用できない人物は辞任すべきだと文明世界は知っていたということだ。

 これに象徴されるように、野党側では、中道右派連合を中心に不信任決議案を準備する動きが生じたが、かならずしも足並みが揃っているわけではない。議会の信任抜きでもバビシュを続投させる旨、憲法を無視せんばかりの方針をゼマン大統領が放言していることから、決議によって大統領に決定を委ねるべきではないという意見はあった。しかしじつのところは、直近の世論調査でもっとも高い支持率をほこる海賊党らにとって、ただちに代議院を解散して選挙を実施してもらった方が有利であるからにほかならない。選挙は10月に予定されているとはいえ、前倒されたほうが現今のブームに乗ることができる。この勢力にとって、不信任決議は得策ではないのだ。

 たしかに、もともと国民の関心は薄いのかもしれない。あるいは、2019年の退陣要求デモで気が済んでしまったのかもしれない。けっきょくは返還するもしないも、政府しだい、アグロ社しだい、バビシュしだい。どうせEUは、この決定を行政代執行するような機構をもたない。

 そんなことより、ロシアによる主権侵害が問題だ、ゼマン大統領が諸悪の根源だ──という優先順位になってしまっているようであるのは、同国内メディアの議題設定機能の為せるわざで、支配的な傾向とみえる。それは、バビシュ政権の延命に資する。

 では、この共産チェコスロヴァキアの亡霊による、現在のチェコ=アグロフェルト共和国はいかにして生まれたのだろうか。

 

アグロフェルト社

 アンドレイ・バビシュは、共産主義体制が崩壊したころ、外国貿易会社・ペトリメクス社に籍を置いていた。工業用や農業用の化学製品を外国と取り引きできる貿易会社で、国外へ自由に行き来し、外貨で給与を受け取るなど特権的な生活を享受し、また有力者との人脈も築いた。ブラチスラヴァに拠点を有する国有企業ではあったものの、バビシュ自身は1985年以降、モロッコに駐在しており、アフリカに置かれた関連企業15社の代表を務めていた。

 帰国したのは革命ののちであったが、次に訪れた好機はスロヴァキアの分離独立、いわゆるビロード離婚であった。ANO党のサイトに掲載されている手記「私のものがたり」によると、1992年にクラウスとメチアル両首脳の間でチェコ・スロヴァキア分離が合意された直後、バビシュは経営会議にて、プラハに拠点を置くべしと提案した。そして共和国分裂から3週間後の1993年1月25日には、アグロフェルト社が設立された。社名は、農業と肥料とに由来する造語であった。

 この会社の成功は、最初に運転資金として400万ドルの融資をしてくれた米シティバンクによるところが大きい、とバビシュは述べている。だが、本当にそれだけで可能であったのか、訝る向きも多く、メディアでは喧々囂々の論争がつづいた。というのも、当人は主たる資産として、アグロフェルト社の全資本金に相当する28の株式を挙げるのみであるが、のち明らかになっているところでは、2つの信託基金を通じて250以上の企業を所有しており、一説によると、その資産価値は750億コルナ(約3800億円)とも推定されている。選挙の際は、自分はじゅうぶん持っているのであるから、これいじょう盗む必要がないのだと、政治の腐敗を批判しつつ、自らの利点を有権者にアピールしていたところであったが、いまやバビシュその人がEUや腐敗撲滅に取り組む団体などから、その腐敗を糾弾されている。

 政界進出や首相就任に前後して、何冊もの評伝が刊行されており、それらに依拠するにやぶさかではないけれど、ここですべてを要約することも手に余る。ただ、バビシュがあらゆる人脈を駆使して、市場経済が導入されてまもない社会で、元の国営企業のうちの主だったところ、文字通りの「有望株」をつぎつぎに買収していったことが、公刊資料にも実証的に綴られている。そこではStBのエイジェントだったかどうかは、じつはたいした問題ではない。いずれにしても、バビシュは共産主義体制の一員であったし、その恩恵を受けてきた。

 たとえば、オンラインで公開されている会社登記をみると、アグロフェルト社の監査役会のトップには、リボル・シロキーという名がある。バビシュ伝のひとつ『ブレシュからバビシュへ』によれば、この人物も旧体制下では公安当局に身をおいており、カウンターインテリジェンスに従事していたとされ、とりわけ1980年代のラジオ・フリー・ヨーロッパに対する工作が知られているという。バビシュは、ジュネーヴ時代の同級生だとさかんに吹聴しているが、わずか数か月しか通学しなかったリセにいた少年を、後年ビジネスで重用するというのは考えにくい、と著者であるトマーシュ・レメシャニは疑義を呈している。

 重要な出来事は、すべて1995年4月から5月にかけて起こったと、さらに同書は述べる。このころ、アグロフェルト社は資本金を100万コルナから400万コルナに引き上げた。ここで根拠として持ち出されるのは、1995年2月13日に国有合資会社ペトリメクスの本社で行われたとされる、アグロフェルト社臨時株主総会の議事録である。そこで、件の増資のことであろう、1株あたりの額面が1万コルナの株式を300株、発行することが決定された。これには、親会社である旧外国貿易会社・ペトリメクスが優先的に引き受ける権利があったが、これを行使しないと宣言することになった。しかも、希望者に発行済みの株式を譲渡することに同意した。この決定にもとづき、取締役会は2日以内に適切なビジネス・パートナーに株式の引き受けを求めることとされた。

 この不可解な決定によって、アグロフェルト社への出資比率でいえば、ペトリメクス社の保有分は4分の1になり、65%の株式が、謎のスイス企業の手に渡った。このオスト・フィナンツ・ウント・インヴェストメントAGという投資会社の代表者というのが、ほかでもない、リボル・シロキーだった。むろん共産党の防諜活動にながく携わってきたシロキー自身が、この件について口外することはなく、謎は謎のままである。しかし、のちにペトリメクス側から、1995年2月のアグロフェルト社総会の決定取り消しと、5月の登記からの削除を要求する訴訟がおこされたことにかんがみれば、やはり真っ当なものとは言い難い手続きだったようである。


メディアの帝国

 アグロフェルトを中心とする帝国が、こうした手口を繰り返して築かれていったことは想像に難くない。かつての情報機関のネットワークがあれば造作もないことであろう。それにバビシュ自身、農業、食品、化学といった業界については、なにしろ長年の経験と知恵がある。けれども、おそらくは政界進出を目指すにあたって、欠けている要素であると思いあたったのが、マスメディアであった。

 手始めに、2011から翌年にかけて自前のメディア事業を立ち上げ、無料の週刊新聞『5plus2』の発行を開始した。けれども、本格的な業界進出は2013年6月26日のことで、アグロフェルト社として、ドイツ企業からメディア・グループMAFRAを買収したのが契機である。

 これが「競合他社やジャーナリストたちを恐怖に陥れた」と前掲書の著者が書くのは、自身が当時スロヴァキアの経済新聞の記者であったため、事情を知悉しているゆえらしい。同年、MAFRA買収に先立って、バビシュはこの経済紙を買収していたのだ。

 スロヴァキアでは知られた経済紙の買収後、新経営陣は外国担当の編集部門と外国事情をあつかう欄を廃止してしまった。国内市場ではいぜんとして有力紙ではあったが、強力なリーダーシップを欠いたがために、経営難に喘いでいたという。そのため、編集者たちは待遇の改善と設備の刷新を望んでいたが、メディア業界を知らぬアグロフェルトが送り込んだ経営陣はぎゃくに、雇用契約の3分の1を切り捨てた。経験豊富な記者が去り、新卒の若者が空席を埋めた。戦力をうしなった編集部では、独自の記事にかわって、プロモーション用の資料を切り貼りしただけのページが増えた。同国のタブロイド紙にくらべると、さほどバビシュを褒める記事を書くわけでもないというが、それも独自取材による批判を展開するだけの優秀な記者が社内に残っていかっただけなのかもしれない。

 同様のことは、チェコ共和国側、『DNES』紙をはじめとするMAFRA傘下の各紙にもいえる。たとえば、個人的な友人を同傘下の『民衆新聞』の編集長に据えるなどして、あきらかに統制を強めている。買収からほどなく、2013年10月には国政デビューを果たしているのだから、公正とはいえない。公共放送にたいしては種々の圧力をかけているのはむろんのこと、同様に公的な性質を有する通信社・ČTKにしても、MAFRA傘下のメディア以外とは協働が機能していない状態にあると、前掲書は指摘している。

 同年をさかいに、経験豊富なジャーナリストたちは、雪崩を打ったようにオンラインのメディアへ流れたのだという噂もよく聞いたところだ。あたかも「文春砲」よろしく、さいきんスクープをとばし続けるSeznamのニュース部門などは、その代表格だろうか。そういえば、週刊誌の編集部にいた旧友も、いつからかこの媒体に寄稿するようになっていることに気がついた。どういう契約なのか存じないが、新興メディアにしては、それなりに経験のある記者が取材や執筆を担当していることがわかる。既存メディアに浸ったふるい世代を尻目に、ネットと親和性のたかい層の発想を代弁する海賊党が支持を伸ばしている現状も、このあたりと関係がありそうだ。

 とまれ、バビシュ首相とて、おそらくうまくやったつもりではあったのだ。しかし、EUの基準をクリアすることはできなかった。たびたび反バビシュの抗議集会を企画している団体「百万の瞬間」が、かねてより主張することにも頷ける。なんといっても、チェコスロヴァキアの旧体制の側にいた人間が行政の長になっていることは、見方によっては革命を否定する不条理劇のようにも思える。また、国民監視を担ったStB時代の有形無形の資産を利用して億万長者になりあがったことは、機会均等の否定ともいえ、ひいては資本主義社会の否定につながりかねまい。そして、EUが指摘するように、国益を代表するではなく、私腹を肥やすためにEUの助成制度を利用しつづけているのであるとすれば、民主主義と欧州市民全体にたいする背信ということになるのであろう。

 マスメディアの影響は大したもので、たいていの世論調査で、いまだにANO党の人気はたかい水準にある。かつて多くの有権者の支持を集めたことも、たしかである。けだし背景については、直前の中道右派政権による極端な縁故主義と不正疑惑などによって、有権者のあいだに強烈な政治不信と既成政党への嫌悪がひろがっていた例外的な状況があった。目下、バビシュ首相本人も、自前メディアおよび御用メディアの助けも借りながら、すべての疑惑について否定しつづけているわけであるが、有権者による審判の日もまたちかづいている。