ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

「緑の党」と欧州の東西

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photo by Alexander Dietzel e. K.

緑の盛衰

 5月6日に行われたスコットランド議会選挙では、独立を唱導するスコットランド民族党(SNP)が64議席を獲得したものの、過半数に1議席だけとどかなかった。そこに、8議席を獲得したスコットランド緑の党の名がつらなったのは、やはり独立を主張しているためである。

 ドイツの緑の党では、ベーアボック共同代表が首班候補になった件については、すこし書いた。これに連関して、5月3日には、過去1週間の世論調査緑の党がトップになった旨、ブルームバーグが報じていた。ただ、のちの10日から翌日にかけて、公共放送連盟(ARD)がおこなった、電話とネットによる聞き取り調査では、少々ことなる結果が公表されていた。次の政権を率いるべきは誰?──との問いに、メルケル現首相の属するCDU/CSU(Union)と回答したのが31%、緑の党が21%、現在は連立与党の社会民主党SPD)が17%、「わからない」が31%という結果がでている。

 いずれにせよ、さいきん緑の党がまた、勢いづいている。グレタさんのブームも関係しているのかもしれないが、そのほか、パンデミックの遠因を気候変動にもとめる言説だけが背景というわけでもなさそうだ。

 ふりかえると、米ソ冷戦が終結してからというもの、世界じゅうの社会民主主義政党が衰退していった。しかしその後「第三の道」を謳ったトニー・ブレアの英・労働党政権が成立すると、それに前後して息を吹き返したかのようにもみえた。ところが近年ではまたぞろ低迷気味で、ドイツでは戦後最低水準の得票率に一時は落ち込み、第三次メルケル政権からはふたたび連立与党に収まりはしたものの、第一党の座は遠い。オーストリアの社民(SPÖ)なども2013年以降は議席を減らしつづけ、17年についに下野して「建て直し」が叫ばれている現状がある。──この「左の横綱」政党が振るわない国ぐにの政治シーンで、程度の差はあるにせよ、ふたたび存在感を増しているのが、緑の党というわけである。

 それも、環境政策が、市民にとってみぢかに感ぜられるようになっているからにほかならない。たとえば豪州のある調査では、国の最重要課題として「環境」を挙げたひとが、じつに41%にのぼったのだという。若い世代ほど、この数字がおおきくなったのも当然だろう。とりわけ若者は、「カンキョー」「オンダンカ」「キコーヘンドー」といったことばを、生まれたときから聴きながら育っている。いわば、エコ・ネイティヴ世代だ。1998年にドイツの緑の党が政権に参画したとき、ことし不惑の40歳だというベーアボック共同代表は、まだ10代だったことになる。


反核と緑

 ところで、自然にかんして……と大風呂敷をひろげたばあい、たとえば「最初の近代人」ペトラルカが近代的な登山を嗜んで以来、自然を愛でる文化は制度化される運命にあった。そこからざっと500年も要したとはいえ、それでも1872年という早い時期に、世界初の国定公園を開設したアメリカ合衆国の先進性たるや、驚愕に値する。それから、酸性雨の害からシュヴァルツヴァルトの木々を守れという運動あたりまでは、おおよそこの手の「自然保護」というのが、文化に根ざした習慣としてあった。

 大陸ヨーロッパで、それが「環境運動」に変質したのは、あたらしい潮流がはいってきたからで、思想的な連続性にはとぼしい。すくなくとも、かつてそう言われていた。『沈黙の春』以来、この領域で「先進的な」北米で興隆した新環境主義を、ペトラ・カリン・ケリーに代表されるような、かの地で教育を受けたひとが祖国ドイツにもちこみ、政治文化として根づかせた。

 それは「森を守れ」というような保守的な実践から、「反核」という社会運動へのシフトとなって表面化した。それだけに、反体制運動ともむすびつく余地もあった。こうして設立された緑の党は、社会民主主義とも親和性がたかかったため、象徴的な人物としてオトー・シリーなどが挙げられるが、社会民主党から緑の党に参加したひと、あるいは逆に緑の党から社会民主党に移るひとなど、人的な往き来がみられた。なんといっても、世界的に学生運動の季節がつづいていた。活動家らも合流し「異議申し立て」の色がつよくなっていった。

 この時期から環境の問題は、はっきりと政治の問題として認識されるようになった。科学はあいかわらずさまざまな予測を出すけれども、それが正しいかどうかは、その後の絶え間ない学問的な議論に委ねられる。そのかん目の前の問題を放置するわけにゆかぬ有権者は、さしあたって政治家に俟つよりない。その意味で、原発が危険かどうか、某国のワクチンが有効かどうか、気候変動が破滅をもたらすのかどうかも、最終的には民意を反映した政治が判断を下すほかない問題ではある。

 オーストリア共和国緑の党の起源もまた、1970年代のツヴェンテンドルフ原子力発電所稼働に反対する抗議運動に求められることが多い。現在のアレクサンダ・ファン・デア・ベレン連邦大統領も、もとは緑の党の代表まで務めた人物だが、それ以前は社会民主党に属していた。

 2020年初頭、疫禍が猛威を振るう直前の時期に発足した政権では、緑の党は国民党(ÖVP)と連立を組み、政権政党となった。この保守政党との連立が成立したことは、驚きのニュアンスをもって大々的に報じられたものだった。というのも、上述のとおり、成り立ちや方向性のちかさから、社会民主主義政党と赤緑で連立を組むことが穏当で、むしろそれ以外は困難だと思われていたからであろう。ドイツ連邦共和国で1998年に成立したシュレーダー政権も、この例に漏れない赤緑の連立であった。

 それだけに、オーストリアでも政策面であやぶまれたものの、とりわけ難民政策などで妥協をはかって、不一致に陥ることなく今日まで存続している。先日の『フィナンシャル・タイムズ』による記事「ドイツ、緑の党が政権入りしたら」も、知られざる政党への投資家らの不安を汲んだ見出しだったのだろう。けれども、いまどきの緑の党は現実主義路線であるから、ときには妥協することもある。「プラグマーティシュ」と表現した記事もあったが、要するに普通の政党なのだ。

 米バイデン大統領も先日、「環境技術で勝てないで、中共に勝てるか」みたいなことを言っていたけれど、気候変動対策で世界をリードすることこそが覇権ないし生き残りにつながる、というのが、いわゆる先進諸国のあいだでお題目のごときものになってきた。過去においては「環境をとるか、経済をとるか」という二者択一の前提にもとづいた議論が主流であったが、いまや「環境技術こそ、これからの経済成長の鍵」というのが、社会通念となった観すらある。政治がそう決めたのだ。かくして、とくにグリーン投資とかESG投資などといわずとも、大企業はつねに脱炭素への取り組みをアピールしていなければ、投資家どころか、顧客すらも逃しかねない時代になった。それらに関連した政策分野で知見と蓄積のある政党が有権者に選ばれても、なんらの不思議もありはしない。

 さらに、件のベーアボック党代表は、じつは外交政策の専門家であり、現メルケル政権が目先の経済的利益に目がくらみ、ロシアや中国に接近しすぎた傾向を、地政学的な面からも批判してもいる。外交に関しては、現政権よりもよっぽど保守・リアリズム路線なのかもしれない。やはり、緑の党反核一本槍の異議申し立て政党というのは、すでに過去のイメージなのだろう。


東西の緑

 西側世界では、反原子力運動が、環境主義の盛り上がりや環境政党の興隆にむすびついたが、たほう鉄のカーテンの東側では、原子力は「共産主義国家建設のための夢のエネルギー」であったから、おおよそ環境意識が国民にひろく芽生えることなどあろうはずもなかった。東独出身のメルケル首相も当初、福島の事故が起こるまでは原発推進派であった。

 たとえば、レーニンの肖像が一面を飾る党の機関紙は、ふだんはとくに原子力には触れもしない。ところが、西側で反原発運動の学生たちが警官隊と衝突した翌日ともなると、唐突に「夢のエネルギー」を称揚する記事が紙面にでかでかと載った。──むかし、図書館でマイクロフィルムをぐるぐるまわして閲覧しながら、面喰らったものだ。

 ここに隔たりがある。現在も旧東側の地域では、反原子力にかぎらず、緑の政治もいまひとつ盛り上がりに欠けているように見える。民主化直後、1990年代初頭の一時期こそ得票を伸ばした国もあれど、その後はどこでも「緑」は苦戦しており、国政レヴェルでは議席がないようだ。例外は、下院に3議席を有するポーランドと、5議席ハンガリー、上院に1議席チェコ共和国緑の党くらいのものであろうか。いずれも、欧州懐疑派とか、反リベラル・ポピュリズム政党などと称される政党が政権を担っている国ぐにである。

 旧共産圏で例外的にある程度の成功をおさめているとはいっても、たとえばチェコ緑の党の場合、直近の世論調査では、支持率はせいぜい2%から3%程度となっており、国政選挙を10月にひかえて厳しい情勢となっている。環境への意識が比較的たかい若者の支持も、目下のところ躍進めざましい海賊党に集中しているのではないか。同党は欧州議会の会派では「緑の人びと・欧州自由同盟(Greens/EFA)」に属し、おそらく支持層が緑の党とかぶっている。そのイヴァン・バルトシュ党首が毎日のようにSNSを更新しているのにたいし、マグダレナ・デイヴィス緑の党共同代表などは、生物学の研究者にして基礎自治体の首長でもあり、さほど頻繁には有権者への発信ができていないようだ。

 ことしの初めには、この国の緑の党も定石どおり、社会民主党(ČSSD)との連携を模索する動きがあったが、4月中旬には交渉が決裂したことが発表された。政権運営感染症対策において政府の失態や混乱、さらには不正疑惑が報じられつづけるなかで、連立政権の一角を担うČSSDとは組めないと判断されたとしても、それは仕方がない。

 そもそも「赤い貴族」出身のバビシュ首相率いるANO党とČSSDの連立政権を、つい先日まで閣外から支持していたのはボヘミアモラヴィア共産党(KSČM)である。ほかに国政の水準で議員を擁する政党のうちには一番人気の海賊党があり、明確に左派でないといえるのは、中道右派連合(SPOLU)をのぞけば、排外極右政党くらいしかのこらない。選択肢として林立する政党が「オール左」のような状況では、もとより緑の党が伸び悩んでも無理からぬものがある。

 じつは2006年には、オーストリアに先駆けて右派政権に参画したこともあったチェコ緑の党だが、そのころはまだ路線が明確でないところがあった。のちに諸国の「緑」同様の左寄りの政策へ転じ、現在に至っている。

 さいきん同国では、環境がらみの喫緊の課題がいくつも噴出している。国内だけでなく、国境をまたぐ問題も当然ある。このあたりについては稿を改めたいが、この分野に稀有な専門家を抱える環境政党も、むろん有権者に選ばれなければ大きな仕事はしにくい。


緑の党」ということば

 ところで、誰が呼んだか「緑の党」というと、なかなか独特の響きがあるが、歴史のある豪州やドイツを例にとれば直訳で「緑の人びと」となろうから、ほんらいは「緑人党」か。世界をみわたして、まったく「緑」とつかない例を除くと、「緑の党」でなければ「緑の人びと」あるいは「緑の人びとの党」の、いずれかの方式の党名に大別できそうだ。日本の新聞メディアの見出しをながめると、十把一絡げにしつつも注意ぶかく鉤括弧で「緑の党」とくくられることが多いのは「いわゆる」とか「通称ですよ」という意味合いが込められているのであろう。

 蛇足ながら、学術アカデミーのチェコ語学研究所のサイトにある『わたくしたちのことば』誌の抜粋に、面白い質疑をみつけたので触れておこう。チェコ語文法に関する覚え書き。

 チェコ共和国緑の党は、内務省に登録された正式名称では„Strana zelených“、すなわち「緑の人びとの党」という(略称は„Zelení“)。その党員たちは、自らのことを集合的に「緑の人びと」と呼ぶのを好む。では、そのさいは„zelení“と小文字でそろえるのか、それとも„Zelení“と大文字で書き起こすのか──どちらが文法的に正しいのですか、という質問である。

 識者の回答は、こうである。共産党員、人民党員、社会民主党員などは、それぞれ小文字で表記するのであるから、緑の党員も小文字で表記するのが正しい。ただ、大文字が用いられる場合があるのは、ほかの政党とちがって、色を表す形容詞(zelený)と区別せねばならない必要からで、「色ではなくて、政治的な所属のことです」ということを暗示するためではないか。だから、文脈によっては大文字で書くことも、間違いとは言い切れない。こうしたことは、まま起こるのだ、と。

 

*参照:

www.bloomberg.co.jp

www.bloomberg.co.jp

www.nikkei.com

www.nikkei.com