ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

世代間の川

f:id:urashima-e:20200922022813j:plain

photo by timJ

 慣れとは如何ともしがたいものらしく、菅内閣がうっかり「カン内閣」と誤読されてしまう傾向もとうぶんつづくのかもしれない。自身の来歴をことあるごとに開陳して、これまでの世襲政治家の政権とのちがいを強調するスガ総理だが、すなおに受け取ればいわゆるアメリカン・ドリームを地でゆくような出世譚ではある。それだけに、トランプ米大統領Twitter上で「You have a great life story!」と称えたのも、不思議なことではない。

 この「叩き上げ」という属性とあわせて、世代論からスガ総理を分析した記事が面白かった。いわゆる「団塊の世代」が総理になったのは、自民党にとって初のことで、今後もおそらく出ないという。世代特有の感覚から発する諸政策が、いまの現役世代に違和感を抱かせるリスクも指摘される。頑張ればがんばっただけきっとよくなる、選ばなければ仕事なんかいくらでもある……等々が常套句として思いうかぶところで、高度経済成長期にそだった人びとであるから、それも宜なるかな。低成長やデフレや氷河期や格差といった、当世の空気がよくわかっていないのではないかと、危惧されているというわけだ。

 ところで、史上最長のほまれを得た安倍政権は、じつは「デジタル敗戦」のために退陣を余儀なくされた──という巷間の説も、まったく故なきことでもあるまい。大東亜の敗戦によって、明治いらい無敗をほこった帝国陸軍すら解体されたのだ。「第二の敗戦」とも呼ばれたプラザ合意の結果かどうかは定かではないにせよ、結果的に大蔵省は解体された。ただ、つづく敗戦とは福島原発事故ではないかと思ったこともあったが、当の東電はといえば、賠償のつごうもあってか、存続している。いずれにせよ、後継のスガ総理きも煎りの政策のひとつがデジタル庁の開設であるというのも、悪いところは改めて、つぎの戦には負けまいという、戦後日本人の決意にも通ずるところがある。

 では「敗戦」にまで喩えられた日本のデジタル化の遅れは、どうしておきたのか。私見では、まさに世代論によって、すくなくとも遠因が見えてくるのではないかともおもう。つまるところ、情報格差とは、ディジタル・ディヴァイドなどとも言われたように、社会における一種の分断である。これが普及を阻害した面はあるだろう。というより、インフラの整った日本国内にかぎってみれば、もっとも深刻という点で、ひっきょう世代間の格差に帰する問題なのではなかろうか。としても、人口に占める割合がたかい高齢者、すなわちアナログ世代が大票田であったということに話はとどまらない。

 「インターネット元年」と呼ばれたのは1995年のことで、おおいに普及を促した〈ウィンドウズ95〉の発売が転機となったとされている。この時代に学生・生徒として各種学校に在籍中で、校内の設備や教師によって情報技術の手ほどきを受けることができた世代が、「団塊ジュニア世代」にあたる。ここではごくおおざっぱに言って、1970年代に生まれた層を指す。解散してしまったが、SMAPのメンバーらがだいたい該当している。

 この世代は、よくIT機器やインターネット環境を使いこなすが、そうかといって「デジタル・ネイティヴ」の世代とは異なり、あるていど成長してから、それらのスキルを勉強して習得した体験を有している。それだから、上の世代がこうした技術にいかに疎いかも、なにがネックになっているかも経験的にわかっている。デジタル弱者の世代と下の強者の世代とのあいだに立って、「橋渡し」のごときコミューニケイションができる世代である。ところが、この「団塊ジュニア」といえば、別名に「就職氷河期世代」とも呼ばれ、たとえば企業のなかでも選手層がひじょうに薄いとも言われている。

 流動的な最新の事情にあわせて、メディアにカタカナ語がふえてくると、大衆のうちに「わからない、難しい、言い換えろ」の大合唱が巻き起こることは、われわれはつい先般にも感染症対策の疫学的説明の文脈で経験した。これがよく起こる最たる領域は、じつはIT用語ではなかろうか。じっさい、例のデジタル担当相の会見のようすを挙げ、その言葉尻を捕らえて揶揄するような報道もあった。いっぽうで、技術的な用語を言い換えてしまうと、混乱が生ずることもまた目に見えている。

 デジタル・ネイティヴの諸世代のなかでは、まったく問題なく意思の疎通や価値観の共有ができたとしても、ぎゃくにそれだからこそ、「お年寄り」などと括られがちなデジタル弱者世代とのあいだには、深くて暗い川がながれている。これもまた、デジタルの普及を妨げてきたのであろう「橋のない川」である。

 しかし、予算があれば橋は架かる。ゼネコンは要らない。かわりに、機会にめぐまれなかった氷河期世代の人材を活用することではないか。

 ──思いつきに臆測を交えて、つい書いた。「ご指摘はまったく当たらない」と言われたら、それまでである。

橋のない川(一) (新潮文庫)

橋のない川(一) (新潮文庫)

 

 

*参照:

gendai.ismedia.jp

www.yomiuri.co.jp