先日、日本映画フリークに遭遇した際、つきあってピヴォを呷りながら、酔った頭でいろいろ考えた。
昨今の日本映画の低水準ぶり(少なくとも欧州ではそういう評価になっている)を鑑みるに、「他人様にお奨めできる日本映画ってなんだろうか」と、あらためて思わずにはおれなかった。20年ちかくも前、なんとかいうプロジェクトで、市の映画館で日本映画の上映を担当していたときには、いろいろあるはずだと思っていたし、そういう作品のみを紹介しているんだという、ある種の気負いこそがモティヴェイションの源泉であった。が、しかし、今となって考えてみると──。
ただ、このシーズン、8月の半ばといえばひとつしかない。
半藤一利の傑作ノンフィクションをもとに、これまで二度、制作された『日本のいちばん長い日』だ。1967年の岡本喜八監督の東宝版と、2015年にリメイクされた原田眞人監督の松竹版がそれである。
和平派と主戦派の攻防が、内閣と閣外、主に陸軍省内において、同時並行的に描写される。米軍の空爆がつづくなか、宮城事件を筆頭に大小の混乱が巻き起こるが、どれも原作をもとに構成された史実であった。英国のEU離脱をめぐる騒動をみても明らかであろう、国論を二分する問題に民主主義など所詮は無力なのか。閣議も最高戦争指導会議も紛糾する。もはや御聖断に俟つしかないと、老獪な総理大臣・鈴木貫太郎は御前会議をめぐるトリッキーな手管に賭ける……。その間、陸軍大臣・阿南惟幾は、陸軍内部の主戦派の暴発をおさえるべく奮闘する。
岡本喜八版はすでに称賛され尽くされている。豪華俳優陣の名演──とりわけ三船敏郎(阿南陸相)と山村聰(米内海相)の閣議での喧々諤々は、モノクロの映像であるためにいっそう迫力を増しているようだ。
──「数え上げたらきりがない。ビルマには23万6千を投入して16万4千、沖縄には10万2千を投入して9万、いや、沖縄では軍人だけでなく、9万2千の一般国民までが……」「儂の言いたいのもその点である!」「何ぃ?」「多くの者がなぜ涙をのんで死んでいったのだ。結果的な批判はなんとでも言える。しかしこれは誰にしても日本を信じ、日本の勝利を固く信じたればこそのことである!」
いっぽう原田眞人は、リアリズムの監督といわれているが、この作品についてはすこしく耽美主義的である。すくなくとも、映像美を重視したリアリズムとなっている。桜の花弁を吹き上げながら、山崎努演ずる鈴木首相の公用車が走り去るシーンは象徴的であるし、阿南陸相役に役所広司、昭和天皇役に本木雅弘という配役もさることながら、8月だというのに、帯青茶褐色の軍装をまとった軍人は誰ひとり汗をかいていない。
しかしそういったものは、あの映像美の前にはすべて許容される範囲におさまっている。畑中少佐役・松坂桃李の意外な熱演にも好感をもった。また、ドキュメンタリー風の岡本版にはいたナレーター(仲代達矢!)が廃されても、こなれた脚本によって、映像作品としてのわかり易さはむしろ増している。にも拘わらず、内容的な中立性からみると、前作の時代には支配的であったと思しき海軍善玉論も修正されているようにもみえるが、どうだろうか。
いずれにしても、多くのひとに観ていただきたい作品で、鑑賞に便利な情報を以下にまとめてみたい。
* キャストの比較(抜粋。ランダムに作成。それぞれの脚本で重視されている役にはやはり、それなりの役者があてられている):
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原田眞人・松竹版(2015) |
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八代目松本幸四郎 |
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米内光政(海軍大臣) |
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近童弐吉 |
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下村宏(情報局総裁) |
久保酎吉 |
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迫水久常(内閣書記官長) |
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鈴木一(総理秘書官) |
笠徹 |
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佐藤朝生(内閣官房総務課長) |
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ナレーター |
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畑中健二少佐(軍事課) |
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井田正孝中佐(軍務課) |
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竹下正彦中佐(軍事課) |
井上孝雄 |
関口晴雄 |
荒尾興功大佐(軍事課長) |
田中美央 |
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佐々木武雄大尉(横浜警備隊長) |
天野英世 |
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東條英機大将(元総理) |
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田中靜壹大将(東部軍管区司令官) |
石山健二郎 |
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森赳中将(近衛第一師団長) |
髙橋耕次郎 |
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平沼騏一郎(枢密院議長) |
明石潮 |
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藤田尚徳(侍従長) |
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徳川義寛(侍従) |
大藏基誠 |
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戸田康英(侍従) |
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加藤進(宮内省総務局長) |
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筧素彦(宮内省庶務課長) |
浜村純 |
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矢部謙次郎(国内局長) |
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館野守男(放送員) |
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館野守男(NHK放送員) |
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