ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

オヴ・ザ・コンプレックス

f:id:urashima-e:20200329231512j:plain

photo by Lisa scott

 あのね、フジナミがね……

 ──などといわれても、何のことだか、ぴんとこないほどの野球音痴である。昔日の新日本プロレスにおける藤波辰爾の勇姿しか、思い浮かばなかった。とほほ。

 しかし、ニュースを検索すると、おおよそ把握できた。阪神タイガース藤浪晋太郎選手がこのほど、食事の味がわからないと訴え出たのがきっかけとなって、コロナウイルスの検査を受けたところ、感染の早期発見につながった、ついては嗅覚異常や味覚障害という兆候が感染の察知に役立つのではないか、という話題であった。

 野球ぎらいなのかもしれない。むかしイチザキくんというのが(仮名だけど)それこそ四六時中、野球の話をするのだが、これがまた、したり気で偉そうなのだ。夜のニュースに見る野球解説者だって、そこまでの厭味はない。こちらが知らないとみるや、さらに小馬鹿にしたようなトーンを増す。

 前日のナイトゲイムの結果を知っているからといって何が偉いのか。贔屓の選手の好不調が云々できると表彰でもされるのか。国や地方自治体や公安委員会から何か減免してもらえるような特典でもあるのか──とすこしく腹も立ったが、何もいわなかった。というのも、こちらからすれば、そんなもので得意がっているのが滑稽にも見えたからだ。こういう輩は得意にさせて嗤っておくにかぎる。──へえ、ずいぶんお詳しくていらっしゃいますのね、ほほほ。それで、公式試合には何試合くらい出場されたんですの……あ、あら、まあ、ゼロなんですかあ、はあ、さようでございますかあ。え、お知り合いが……ドラフトで……、ふうん、お偉いんですのね。ドラフトでねえ。ご自身はゼロでいらっしゃって、お知り合いのかたがドラフトで。でもご本人ゼロでね。ドラフトでゼロで。へえ。ドラゼロ。そうですの。ほーほほ──もっとも、これもイチザキくんの話術をもじったもので、相手を小馬鹿にした会話表現は、話し上手なこの男に一日の長を認めざるを得なかった。

 

 遡れば、小学生の時分、少年サッカーをたしなんでいた。嗜むというのも変だけど、全国大会で優勝したとか、そういう華々しい戦果があったわけでなし。コーチにどやされながら、毎日まいにちボールをちょろちょろ蹴ってた、くらいのものだ。

 朝の練習で利用するグラウンドは、雨が降るとぬかるんで水たまりもできるような、整備されていない土地で、ピッチが2面も3面もとれるくらい、適度に広いことだけが取り柄だった。

 ところが週末ともなると、少年野球のご一行がやってきた。共同でグラウンドを利用するのだが、連中はいつもコンディションの好いほうの一画をつかうのだ。われわれ少年サッカーは、ぬかるんで水たまりまでできた、残り半分のスペースで練習だ。泥だらけは必至だ。

 それでも、すみませんね使わせていただきますね……という風情なら、まだ許せる。どうぞどうぞ。お互い仲良くやりましょう。……しかし、望むべくもない。野球をやっている連中は、ひとり残らず態度が大きかった。そしてサッカーを莫迦にしていた。

 そのころはまだ、Jリーグはなかった。いっぽう野球少年たちは、家庭でもお父さんお母さんに、「将来はプロ野球選手だー」などと、日ごろから誉めそやされて育っている。下手すると、もういっぱしのプロ選手であるかのような錯覚をもっている。まあ、サッカーなんかやっても、プロになれるわけじゃないしね──などと、両親からの受け売りにちがいない捨て台詞を残して、飛んできたボールを拾ってやっても、悪びれもせず仲間のもとへ駆けてゆくのであった。

 こういう仕打ちを受けてきた小学生はむろん、野球にかかわる情報を遮断して暮らすようになるはずだ。しぜん、野球に疎くもなる。そうすると、会話についていけないから、ますます莫迦にされ、ますます野球がきらいになる。──このままゆくと、野球のヤを聞くだけで発狂して、どうしてみんなあんな斜陽競技に夢を見るんだなどと、周囲に当たり散らすようになるかもしれない。たまに野球がきらいというひとが来ると、大いに共感して、やはり自分は間違っていないなどと確信を深めたりするのだろう。


 後年、ダブリンで、北モラヴィアから来たという留学生と一緒になって、昼休みのあいだ公園をぶらぶらしていた。すると、地元の人びとがクリケット競技をしているところにでくわした。

 「クリケットをしているね」と言うと、「ちがうでしょ。クリケットじゃないわ」と先方は反論する。

 「いやいや、間違いないよ。クリケットだ」

 すると、少女は「これはベイスボールというやつよ。きっとそうよ」と言い出した。

 「あのさ、これはクリケットといって……」と説明しようとすると、すかさず、「どうしてわかるのよ、ベイスボールかもしれないじゃない」と一歩も譲らない。

 それで訊いてみた。

 「きみはベイスボールを見たことがあるの」

 「ない。でも聞いたことはある」

 チェコ共和国で野球といえば、今でこそ代表が国際試合などにも出場しているようだが、このころはまだほとんど普及していなかったのだろう。

 「訊いてくる」と言い残して、クリケット選手たちのほうに駆けていってしまった。 

 野球もクリケットもきらいである。

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

 

 

*参照:

www.sankei.com

www.sankei.com

www3.nhk.or.jp

www.j-cast.com

www3.nhk.or.jp

www.sankei.com