2020年3月13日、日経平均株価は一時1800円を超える大幅な下落を記録した。取引時間中としては1990年4月以来、およそ30年ぶりの下げ幅だという。
このところ英語圏の記事で目立っていたのは「コロナウイルスはスペイン風邪とは違う」というような論旨である。感染力や致死率など疫学的なファクターでみれば、100年前の惨事とはくらぶべくもないとか、そもそも数字に踊らされてはならんとか、要は、パニックを戒めているようだ。が、暴落ともいえる相場を見るだけでも、焼け石に水といった観は否めない。
三回ほどの大きな波をともなって、1918年から数年間にわたったパンデミックは、厳密にはインフルエンザであったものの「スペイン風邪」として世に知られる。戦時の情報統制を敷かなかった中立国・スペインから、流行のニュースが逸早く配信されたことで、世界的にこの名で恐れられることとなった。けっきょく、当時の世界人口の1/3にも迫らんとする5億人が感染し、うち5千万から1億人が死亡した。以前には、その死亡率は一例で2.5%といわれていた。が、この数字の矛盾に気づき、検証し直したという記事を載せているのがWIRED誌で、けっきょく6から8%であったと結論している。
ちなみに他の疫禍の場合を見てみると、2003年のSARSの際には、世界で約8000人の患者が出、致死率はおよそ10%だったとされている。2012年に発生したMERSでは、患者は中東を中心に2500人で、致死率は30%ほどであったという。高い致死率とともに、大騒ぎしたわりに感染の数が意外にすくなく見えることには驚く。
感染者数が世界で12万人を突破し、さらに増え続けてもいる今般のCOVID-19についても、米CDCによると致死率1%程度になるという推測がつとに伝えられていたが、米ブルッキングス研究所による、死亡者の推定値に関する記事があらためて出来した(最善でも死者数は日本13万人、世界1500万人。GDP損失は2.3兆ドル。米シンクタンク試算 | Business Insider Japan)。
この数字を受けての株価暴落や「比べるべからず論」の流行だったのだろうから、この日本語オンライン誌は、記事掲載のタイミングからするとやや非主流派であろうか。とまれ、過去に鑑みて未来を構想し、また想念のうちに過去に戻りつつ歴史を叙述するのが人間であるから、スペイン風邪の悪夢から完全に自由になることはあり得まい。
ところで、トム・ハンクスが滞在先の濠州で、コロナウィルスに感染したことを明かした。むろん週末には、カムバックを祈念して『プライヴェイト・ライアン』など鑑賞する向きも多いとは思う。
100年前のスペイン風邪には、今日われらもよく知るセレブたちも犠牲となった。なんといっても世界人口の3割ちかくが罹患したのだ。──パリではギョーム・アポリネールやエドモン・ロスタンのような文人ら、ウィーンではグスタフ・クリムトにエーゴン・シーレといった画家らも死んだ。ベルリーンでは「山のあなた」のカール・ブッセ、ミュンヒェンでは『プロテスタンティズム』のマックス・ヴェーバーが斃れた。日本でも、《中央停車場》を設計した辰野金吾が生命を落とし、また抱月島村瀧太郎も感染し、死後は松井須磨子が後を追った。ニューヨークではフレデリック・トランプ──すなわちドナルド・トランプ現大統領の御祖父様にあたる実業家であるが、これも四十九という若さで没した。
というわけで、トランプ大統領にはもう少し冷静かつ的確な対応をしていただき、多少はマーケットを安心させるようにお願いしたいものである。また、オマハの賢人などは「買い場の到来」とばかりに意気も盛んなようだが、日銀も負けずに、3兆円ごときの含み損に懲りることなく、じゃんじゃんばりばりやってほしい。両者とも、他に代わる者はないし、それ以外に道はないのだから。
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