ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

悪疫と報道

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 週明け9日のニューヨーク株式市場では、サーキット・ブレイカーが発動して売買が一時停止されるほどの急落で、過去最大の下げ幅を記録した。OPEC交渉決裂の報もあり、いよいよコロナ相場もここに極まれりといった観があるが、まだ先が見えたわけでもない。またぞろ政治のせいにする輩もいそうだが、こればかりはむしろパニックを煽りつづけたメディアのほうに分が悪い。

 さてコロナ禍である。とある記事によると「パンデミックなのか、それとも単なるエピデミックなのか」は、もはや言葉遊びにすぎない。各国政府関係者らはオフレコでは一連の事象を「パンデミック」と呼称しているにも拘わらず、WHOは未だに「パンデミック宣言」を出していない。宣言が惹起するパニックの影響を恐れてのことかもしれないものの、規模の大小を問わずパニックが起こっていない国などあるのだろうか。

 感染者数に関しては、検査能力の逼迫からか、日本ではそれほど急激な上昇は見られなくなった。韓国なども然りである。中国本土ではピークアウトしたのではないかという観測もあった一方で、ロンバルディア州を中心としたイタリアの状況の変化がとりわけ、人びとの恐怖を呼んでいる。

 欧州にも中国人がいない国などないとはいえ、とくにその多さが目につくイタリアであっただけに、今般の感染者数の規模がずば抜けていることには、さほど驚くべきことでもなかった。パニックになってからの検査拡充が医療関係者の感染を増やしたとも伝えられる。しかし、死亡率の高さの謎には市民は不安のうちに震撼するほかないようだ。これも、同国の高齢化率の高さから説明を試みるメディアが多いが、いまひとつ説得力に欠ける。というのも、日本などはイタリアをはるかにしのぐ高齢化率でありながら、死亡率はイタリアより低くとどまっているからだ。

 ちなみに、高齢化率(65歳以上人口比率)を挙げておくと、2018年の数字で、日本が27.58%、イタリアが22.75%となっている。ついでに騒動の渦中にある主要国の数字を目で追えば、中国10.92%、韓国14.42%、イラン6.18%、米国15.81%、ドイツ21.46%、フランス20.03%、イギリス18.40%などとつづく。

 そんな暗澹たる雰囲気に満ちた世界ではあるが、先日なんともいえない心持ちになるニュースが、封鎖されたミラノのうちから伝わった。イタリア語メディアのほかには、ドイツで一部報道されているが、日本の地上波でも取り上げられるとは思いもよらない話題であった。

 ミラノのアレッサンドロ・ヴォルタ高等理科学校の校長ドメーニコ・スクイッラーチェ氏が、休校措置のため自宅で過ごすことになった生徒たちに宛てたメッセジのことである。悪疫との闘いにおいて人間性を失うべからずという趣旨を、教育者らしく簡潔にしてやや格調高い文面に綴っている。まず、近代イタリア語の確立に寄与したという19世紀の小説『いいなづけ』を引用しながら、人間と病原菌との葛藤の歴史の一齣を生徒に想起させ、パニックに陥ることなく、冷静に通常の生活を営みなさいと呼びかけている。件のマンゾーニのみならず、聖書やボッカッチョを繙いても、数々の戒めが見つかるであろうと説く──外国人への恐怖に満ちた思い込み、権力における主導権争い、科学的知見の軽視、風説の流布、迷信にもとづく施術、生活物資の取り合い……。これらはすべて、ペストとの闘いの歴史においてわれわれの先祖が経験してきたことだ。それよりも、散歩をして、良書を読んですごそう。マスクも買い占めてはいけないよ──と、端折ってしまったが、こうした生徒たちへの思いやりに満ちた健気な呼びかけは、いつもの殺伐として混乱気味の報道とは一線を画している。

 

  *参考:

www.newsweekjapan.jp

natgeo.nikkeibp.co.jp

www.epochtimes.jp

jp.sputniknews.com

www.liceovolta.it

www.youtube.com

*上掲画像はWikimedia1629–1631 Italian plague

 

*追記:

www.nikkei.com

www3.nhk.or.jp