ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

山下埠頭のカジノ・ロワイヤル

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photo by Mario Takahashi

Vesper Lynd: I'm the money.
James Bond: Every penny of it.

 映画『カジノ・ロワイヤル』のタイトルには「バトル・ロイヤル」の含意もあるのだろう。各国の諜報員らが卓を囲んでカードで、また場外でも身体を張って闘うのだ。同作はシリーズ中で「007誕生秘話」といった位置を占めている。モンテネグロへいたる列車で、向かいの席に現れたヴェスパーと名告る謎めいた女。これが結果的に、一介の工作員だったボンドを無謬のエージェント007に変えてしまうという、ラヴ・ストーリー仕立てのビルドゥングスロマーンであった。2006年版の公開からは、早くも十余年がすぎた。ダニエル・クレイグは次作を最後に、ボンド役を降りるという。

 

 かつてマニラを訪れた際、カジノに行ったのは、カードで遊びたかったわけではなく、行きがかり上そうなっただけだった。しかし、賭け事にさほど興味はなくとも、好奇心はあった。──マニラ国際空港で落ち合ったのは、市内で美容サロンを経営している人物だったが、さらにカジノ客の客引きのような副業があったから、所用のため、国営だというカジノにその足で向かったのだ。

 客引きといっても、路傍で声を掛けるというわけでなく、仔細は不明だが、SNSなども駆使して、あの手この手でインバウンドを獲得するものらしい。報酬は歩合制で、上客であればそのぶん報酬も上がるようだった。客がカジノの口座へあらかじめ振り込む金額によって、客の格づけが決まって、それに応じてカジノでの待遇や特典が変わってくる。特典とはたとえば、五千万円振り込んだ客には、カジノ側がマニラまでの便をファーストクラスで手配するとか、一億円振り込んだ客には、さらに滞在先としてホテルのスイートを用意する、といった具合である(ただし、ここに記した額や特典の内容はでたらめな架空のものであるから、念のため)。そうやって、マカオシンガポールやソウルなどとのあいだで、熾烈な客の争奪戦がくり広げられているということを、先方は説明してくれた。

 さらに後日、民営のカジノへ連れて行かれたのだが、そこにはけっこうな数の日本人もいた。興奮したようすで声をかけてくるひともあれば、気後れ気味に目礼するひともあった。どうやら同好の士と思われたようだ。──けだし、ギャンブル狂のひとにとっては、カジノが海外にあろうと国内にあろうと同じことである。だが一般には、自宅の近隣にそれができると決まれば大ごとであろう。

 

 横浜市が誘致を目指す、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の建設に、市民から反対の意見があがっている。当初は「白紙」と表明していた市長が一転、誘致を決定したことから、感情的な反発も生じているようだ。選挙を経ずに大きな政策変更があったならば、たしかにフェアとはいえない。けっきょくは市民が決める問題である。

 東京の目と鼻の先に位置する横浜は、カジノ運営会社がどうしても欲しがる立地だというのはわかる。しかし政策として奇妙だと思うのは、ネヴァダ州ラス・ヴェガスの例を想起するからだ。かの地は大きな産業やじゅうぶんな雇用を欠いたために、しぶしぶギャンブルが許容されてきた歴史がある。その点、誘致を表明しているのが横浜のほかには、大阪府・市、和歌山県長崎県などだけであり、山陰のほうの県や、東北のあの県とか、要は、人口減少や過疎化の懸念がより深刻に思える自治体がどうして手を挙げていないのかという疑問がある。それぞれの事情があるにせよ、北海道などは知事が早々に誘致を否定してしまった。

 横浜で反対している市民にも共通するが、理由のひとつとして、報道ではカジノに対するイメージの悪さが強調されている。具体的には、ギャンブル依存症や治安悪化の懸念といったものである。報道機関の編集による動画によると、それにたいして横浜の場合、市長は正面から回答したがらない。市長が繰り返すのは、福祉の支出が増大してゆくために歳入を増やす必要がある、という理論で、なにやら裏があるのか、気が急っているだけか、その一点に有り金ぜんぶを賭けてしまっているようだ。しかしこれでは丁寧な根回しよりも分がわるそうだ。

 傍からみると「船が沈みますから海に飛び込んでください」という市長に、「服が濡れるのがいやだ」とか「飛び込まずに助かる方法はじっくり検討されたんですか」という市民の対立にもみえる。市長は「船が沈むと、溺死なさる可能性がたかいのです」という暗示を試みているようだが、ばかばかしいと思えても「ほかの方法では逃げ遅れます」とか「服が濡れないような対策もしっかりやります」と言明する必要はあろう──と素朴に感じた。

 原発や清掃工場は、英語でNIMBYと呼ばれる施設で、そのディレンマはドイツ語ではSankt-Florian-Prinzip(聖フローリアーヌスの原理)などと呼ばれる。「どこかしらへの設置が必要だろうけど、うちの裏手に置かれるのはごめんだ」という大衆の心理を指している。反対運動の盛り上がりを見るまでは、カジノがこれに該当するとは、あるいはだれも考えていなかった。

 財政からみれば、衰退著しい日本が富の争奪に参戦しない手はない。運営する企業にとっては、日本は最後の大ブルーオーシャン市場。住民にとってIRとは……得体の知れないもの、どちらかといえば要らないもの、イメージの良くない迷惑施設というところだろうか。──と大雑把なまとめで、その他に想定されるステイクホルダーの存在をあえて捨象してしまったらばバトル・ロイヤルにならないかもしれないが、とまれ『日本経済新聞』と『東京新聞』では、それぞれご想像通りの論調で、180度の開きがあるのは当然であろう。ほかに、誘致・建設・運営したところで、どうせ失敗する、と見る論者もいる。

カジノ・ロワイヤル (字幕版)

カジノ・ロワイヤル (字幕版)

  • 発売日: 2014/02/26
  • メディア: Prime Video
 

 

*参考:

jbpress.ismedia.jp

news.yahoo.co.jp

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