ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

Catalinaのアオスグライヒ

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Photo by Jacek Dylag

 Hey Siri, きょうの天気は? 
 ──現在気温XX度で、曇っているようです。今後は午後から雨になりそうです。
 あしたの天気は?
 ──明日は傘が要るでしょう。
 あそう。じゃあ、しばらくはセンタクできないね。
 ──あまり深く考え込まないでくださいね。なんとかなりますよ、きっと。
 え……ああ。「選択」じゃなくて、「洗濯」できないね、って。
 ──事情をよく知りませんが、きっと大丈夫ですよ。なんとかなります。
 そりゃどうも。洗濯くらいで思いつめてるわけじゃないけどね。楽観的にやってみます……まだしばらくは、シンギュラリティなんぞ来そうにない。

 

 秋雨の季節である。そして、まいとし秋には新型iPhoneが発表され、Apple社と関連企業の株価が上がり、あるいは下がり、iOSにつづいて、macOSのもっともメジャーなアップデートがやってくる。

 ことしもそれはやってきた。10月8日だった。目が覚めて、MacBookを見ると、すでに準備ができていた。ことしのヴァージョンはCatalina(カタリーナ)というようだ。

 ──このとき、寝ぼけまなこで促されるままアップグレードしてしまったのは、軽率であった。よく利用するアプリが、起動するたびに落ちてしまうことに、あとで気づいた。あたらしいOSへの対応がまだ済んでいなかったのだ。

 こまったので、OSを旧来のヴァージョンであるMojave(モハーヴィ)にもどすことにした。「command+R」を押しながら立ち上げ、「タイムマシーン」を利用してみたが、中断されてしまった。同じ手続きを繰り返すも、うまくいかない。いったん諦めて、通常通りの起動をしてみると「?」が描かれたフォルダが点滅し続ける黒い画面しか表示されない。起動ディスクが壊れてしまったのだろうか……。

 夕方から改めてトライしたが、何度も試してみて、けっきょく夜半を過ぎてやっとMacは利用可能な状態に戻った。ひやひやしたし、なにより復旧させるのに何時間もかかってしまった。──いつものことだが、メジャーなアップデートは、事前に熟慮が要る。

 

 さて、昨年のMojaveは、ダークモード以外にたいした新しさは実感できなかったが、今回のCatalinaは、何が肝なのだろうか。

 ──シンプルに定義してみると、「iTunesの廃止」に尽きよう。この20年ちかい年月のあいだ、人類の生活を規定してきた(といったらさすがに大げさだが)アプリが消滅したのだ。

 iTunes──Macintosh上のメディアプレイヤーとして誕生したが、のちWindows版もリリースされた。はじめは主として、CDからの音楽データの取り込みと再生、携帯音楽プレイヤーたるiPodへの同期を担っていた。やがて、動画ファイルの再生やポッドキャストに対応するようになり、さらにiTunes Storeへの接続機能がサポートされたことで、ヒトは物質的メディアによらずして、オンラインで音楽を買うようになった。果ては、iPhoneのバックアップも担うまでになる。

 こうして変わってしまった人々の生活は、とうとうiTunesというひとつの窓口では面倒をみきれなくなって、今回のあたらしいmacOSからは、みっつのアプリに分割された(MusicとPodcasts、そしてTV)。

 iTunesは暮らしを変えたが、不要になった。というのも、その役割をiPhoneが引き継いだからである。初期のiPhoneには、MaciTunesという母艦ないし監督者が必要不可欠であったが、iPhoneの進化によって、この主従関係に変化が生ずる。Mac以上に広い層に普及したiPhoneは自律性を獲得し、MaciTunesをかならずしも必要としなくなるまでになったのだ。これは、アップデートがiPhone単体で、またiCloudを用いればバックアップも可能になった、という意味に留まらない。──朝起きてまず、ごろごろしながらメールやニュースをチェックし、ともすれば通勤途中でもカフェででも、ある程度まで仕事すらできるかもしれない。要は、MaciTunesでやってきたことが、人によってはかなりの程度までiPhoneでもできてしまう。これがいまや当たり前のようにも思えるiPhoneの効用であって、ベッドから出てはじめて使用できるMacよりも、むしろ身近にもなっている。こういう変化はしかし、ゆっくり起こった。

 つまり、十余年かけて緩慢に進行したiPhoneiOS)による下克上であり、革命であって、結果としての相対的地位の向上である。iPhoneの管理を司ってきたMacはその地位を脅かされ、生き残るために譲歩せざるを得なくなった。ハプスブルク君主国が高揚したマジャル人の民族主義に対応をせまられ、「アオスグライヒ」によってオーストリア=ハンガリー二重帝国を成立せしめた事例──を思い出してしまうのは、おそらくワタクシだけだろうが。

 いってみれば、「Mac-iPhone二重OS帝国」の成立である(iTunesとは、iPhoneを掌管するために肥大化した巨大官庁だったが、解体された)。

 今回のCatalinaでは、より「iPhoneライクな」機能や操作方法が増えているが、以前から「統合運用」といった方向に向かっていることも明白であった。そして、将来的にはアンシュルス、合邦までゆきつくかもしれない。「Sidecar」なる、iPadをサブのディスプレイやドローイング用のペンタブレットとして利用できる新機能が実装されたのが象徴的だし、今後はMac上で利用可能なiPadiOS)のアプリも増えてゆくらしい。

 かつてスティーヴ・ジョブズは、新製品の発表のたびに登壇して、それが人々のライフスタイルをどう変えるアイテムなのかを力説していた。だが、その死から8年が過ぎ、こんどは逆に、岐路をむかえつつあるAppleのほうが人々のライフスタイルの後を追って、泥縄式の対応をしているかのようにも思える。デザイナーのジョニー・アイヴもことしAppleを去り、現行のMacBook筐体のりんごのマークも、かつてのように光ることはない。ひと昔まえはちょっとしたステイタスであったApple諸製品も、先進国ではすっかり「コモディティ化」した。株価がジョブズ存命の頃の何倍にもなっているせいもあってか気がつかなかったが、いつのまにかAppleも斜陽の帝国に堕していたのかもしれない。

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