ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

ピストルとは何ぞや

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 先日、米コロラド州のスーパーで起きた発砲事件で、容疑者が使用したのがAR-556「ピストル」だとCNNで伝えられた。──コンパクトながら、どう見ても現代的なアソールト・ライフル(突撃銃)なのだが。誤記なのかとも思ったけれど、『ニューヨーク・タイムズ』紙など、よその記事でも「ピストル」表記になっている。

 ルガー・ファイアーアームズ社のサイトをみると、はたして「AR-556® Pistol」と銘打たれている。NATO標準の5.56mm弾仕様のラインナップには、899ドルと949ドルのモデルがあるようだ(ここ)。その外観は、AR-15にそっくりに見える。近年では関西でも、その筋の団体が抗争に使用したというほど、出まわっている小銃である。

 『ワシントン・ポスト』電子版の記事が、事情をわかりやすく解説してくれている。この手の銃を「ライフル=スタイル・ピストル(Rifle-style pistol)」と同紙は呼んでいる。日本語でいうと「小銃様式の拳銃」ないし「小銃型拳銃」といった風情か。米国における法制上、ライフルとは、おもにバレル(銃身)とストック(銃床)によって規定される。それだから、メイカーはこれらの部分を巧みに設計して規制を回避し、ライフルの機能を備えながら、法的にピストルと分類される製品を製造している。前提として、ライフルの販売規制のほうが厳しいことはいうまでもないが、こうした製品は現に「ピストル」として流通しているのだと記事にある。しかしてその実態は、ピストルに比して、射程もながく殺傷能力もたかい小銃弾を使用する武器なのである。市井には、普及したAR-15の扱いに習熟したひとが多いため、機構が似通った製品は好まれやすく、要人を警護するような職種ではとくに人気がたかい、とのこと。

 ピストルとはいったい何だったのか。シュールすぎて、またぞろ狐につままれたような話だ。たしかに「拳銃」という語には「拳」という形態素がふくまれており、その期待される寸法を窺い知ることができる一方、「ピストル」という語では漠としている。我われはピストルのことを、こぶし大の小型火器であると、勝手に思い込んでいただけなのだろう。

 ややもすれば、日本語の「ピストル」という語も、もとは英語だろうかと勝手に思ってはいまいか。ところが『精選版日本国語大辞典』は、オランダ語の「pistool」を項目の冒頭に挙げている。つまり蘭学からきているというのだが、それならば音としては「ピシュトール」にちかいはずではないか。また、ものの本によると、17世紀に新井白石シチリアの宣教師から「ペストル」と聴き取ったというのだけれど、現代イタリア語であればむしろ「ピストーラ」となりそうなものだ。いずれにせよ、すでに徳川幕府のむかし、さまざまな口から語られるほど欧州にひろく流通していた語であった。

 起源をたどれば、たとえば英語のpistolとは、トスカーナ地方のピストイアにちなんでいる、とブリタニカの百科事典は言っている。かの地では、15世紀後半にすでに銃器が製造されており、16世紀にはさかんな生産で名がとどろいていたとある。

 いまひとつ英語の辞書をひけば、もとはドイツ語のPistole(ピストーレ)からの転で、その起源をさらに辿ると、チェコ語のpíšťala(ピーシュテャラ)にゆきつく、という説にも出合う。『メリアン=ウェブスター』など、おおかた英語のオンライン辞書では、このピーシュテャラ説のみ採用していることが多い印象である。

 ピストルとその類の語彙がロマンス系の出自であり、件のピストイアに発するという前者の説は、16世紀、かのアンリ・エティエンヌが唱えたものらしい。それにたいし、19世紀に反論よろしく「ピーシュテャラ説」を開陳したのが、じつはフランチシェク・パラツキーだった。

 史実をロマン主義的な眼鏡でながめれば、15世紀にフス派の反乱にみられた独特のゲリラ火器の使用には、たしかにナショナリストの胸をわしづかみにする浪漫がある。それがのち『愛郷歴史事典』などに採り上げられ、人口に膾炙するようになったものとおもわれる。ただし、現代チェコ語でピーシュテャラといえば、楽器としてのパイプないし笛のみを意味する。拳銃のことはそう呼ばず、借用語を用いてpistole(ピストレ)と称している。パラツキーの時代までにはそうなっていたのだ。

 フス戦争のピーシュテャラにしてからが、やはり長物であったと考えられており、拳サイズの武器にかならずしも限定されないピストルという語の起源としては、なるほど合致する。たとえば、プラハ軍事史研究所のサイトの記事に、先端部のレプリカの写真がある(これ)。鉄製で、たしかに笛に似る。長さ420ミリ、口径が16ミリとはいうものの、木製の柄にとりつけて使用したと思われるため、残念ながら発砲時の全長まではわからない。

 

*参照:

www.cnn.co.jp

edition.cnn.com

www.washingtonpost.com

www.ruger.com

www.vhu.cz

 

*上掲画像はWikipedia