ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

モラヴィアとモラビア

photo by Vladimír Ješko

 ある日、グレート・ブリテン島の方言の分布をしめす地図がSNSで出回っていた。そこで示されていたのは、川を意味する"river"のことを、もっともふつうの口語において"water"と呼ぶ地域だった。けれども、全島でそう呼ばれるというわけではなかった。

 なかなか意外な気がした。

 素朴な人類が、たとえば森のなか、顔を上げたさきに川の流れを目にする。そこで、おもわず「水……!」とつぶやくのが、もっとも自然な反応に思えるのであるが、どうだろうか。

 「モラヴァ」と呼ばれる河川が脳裡にあったのだ。

 よく知られているのは、セルビア共和国のモラヴァ河と、チェコ共和国のモラヴァ川である。ほかにもあるかもしれない。というのも、古いスラヴ語で「水」を意味する語に由来する河川名であるということは、そうとうありふれた名称だと想像されるからである。双方とも、流域じたいが「モラヴァ」と同名で呼ばれる。つまり地名でもあるのだ。

 ふと思った。こういうとき、呼び分ける必要があったらどうするのか。そもそも事物を区別できることが、語彙の「効用」であるはずだ。もし糞と味噌の区別がつかなければ、人間らしい生活は成り立たない。言語の「くそみそ化」は避けるべきであろう。

 たとえば、近年では「グルジア」の国名を、ロシア語由来の同名を避けて英語風に「ジョージア」と呼ぶひとが増えたが、結果としてアメリカ合衆国ジョージア州と区別がつけにくくなった。かの地の国民感情への政治的な配慮か、あるいは外務省に倣えというわけか。しかし理由はどうあれ、言語的な「くそみそ状態」が発生していることにちがいはない。英語では以前からそうだったというのだが、それで日本語でもちょっとした「弊害」を感じたのは、一昨年の米大統領選挙のときだ。選挙の鍵をにぎる州のひとつだったのがこのジョージアで、情報を得ようとSNSなどを検索すると、グルジアについての話題もいっぺんに表示されてしまって煩わしいものだった。とくに、流行していたらしいグルジア料理・シュクメルリが多かったが。

 さて、〈Hoi4〉という世界大戦を扱うゲームは、有志によって日本語に訳されたらしい。そこでは、セルビアのモラヴァを「モラヴァ」とし、チェコのモラヴァを「モラヴィア」と表記して、両者を区別していた。参照した表記は史学か地理学かわからないが、妥当だとおもわれた。

 そこで浮かんだのは、「モラビア」と「モラヴィア」というふうにも区別できたのではなかったか、というかすかな記憶である。昔どこかで読んだものに書いてあった気がするのだが、ながいこと思い出せなかった。

 ところが「案ずるよりググるが易し」で、検索したら答えがでてきた。むかし「紙で」読んだ論文が、PDFファイルの形で蘇ったのだ(千賀徹「いわゆる『大モラヴィア国』の所在について」『東欧史研究』第5巻、1982)。何十年もまえの論文だから、大モラヴィアの所在については、いまでも議論が有効であるのか定かではないが、すくなくともモラヴィアモラビアの差異については、釈然とした。以下のようである。

 10世紀初頭に滅んだ国、古のモラヴィアと思しき存在については、フランクやバイエルン年代記にも想像を助ける記述があるとはいえ、「大モラヴィア国」の呼称じたいは、ビザンツの史料に由来している。コンスタンティノス7世の編纂した『帝国の統治について』あるいは『帝国統治論』と呼ばれる書物のなかに「大モラビア」があらわれる。

 ここですこし補うと、こうである。βの字母は、現代ギリシア語では[v]と発音されるが(歯唇音)、中世までのギリシア語では[b]と発音されたため(両唇音)、「メガーリ・モラヴィア」ではなくて、「メガレー・モラビア」というふうに呼ばれたと推測される。じつはこの「大モラビア」というのが、こんにち呼ばれる「大モラヴィア」とは別の統治機構であったようだというのが、当該論文の要旨にある。つまり「大モラビア」と「大モラヴィア」とは別々の国であり、異なった地域を指していることにもなる。

 整理してみよう。「モラヴァ川」は、現在のチェコ共和国の東部を北から南へ縦断するように流れ、その流域もモラヴァと呼ばれることは前述のとおり。じつはオーストリアでの名称から「マルヒ川」、流域の一帯を「メーレン」としても特定することは可能だ。とまれ、基本的には、これが術語でいう「モラヴィア」である。いっぽう現在のセルビアにも同名の河川があり、こちらは「モラヴァ河」としておくが、要は後者の流域にあった政治共同体をさして、コンスタンティノス帝の史料は「大モラビア」と呼んだのだという。

 ちなみに後者の河川名については、現地語で「ヴェリカー・モラヴァ」、つまり「大いなる」と修飾することでも区別化ができるが、これもおそらく件の史料の裏付けにもとづく。

 さらに「大モラビア」というのは、措定される「モラビア」との区別を要したために出てきた表現であり、ここで「大」というのは「古いほうの」くらいの意味であったと、千賀は指摘する。すなわち、ラスティスラフの治めたのが古い領域であって、のちにその甥のスヴァトプルクがみずからの領域と、この「古モラビア」を統合して、現在よばれるところの「大モラヴィア」が出来したのだと。

 むかしの素朴なスラヴ語話者が、あらゆる川を「モラヴァ」と名付けたくなるのはしぜんなことで、ありふれた河川名になってしまうのもわかる。しかしながら、ヴァーナキュラーな空間をはるかに超えて情報をあつかう現代の人間社会では、それらを区別するニーズが生じている。その際に、区別がつけられることが語彙ないし表記の効用というものだと思われる。

 ついでに言えば、なにも福田恒存のように歴史的仮名遣いみたいなものに執着する必要はないだろう。ただ、たとえば専門家の議論をつうじて呼び名が決まっているところの表記を勝手に変えてしまうようなことは、混乱につながりかねず、よろしくない。──とはいっても、どれだけ専門家を尊重するか、蔑ろにするか、そもそも誰を専門家と認識するか、というのはひとそれぞれ。けっきょく、日本語に正書法が存在しない以上、いずれかの業界の慣例にしたがうのが無難である、といういつもの結論にたどりつく。