ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

去年、チェコ共和国の銀行で

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photo by Hello I'm Nik
銀行ATMのトラブル

 ある夕刻、ATMで4000コルナ(KčもしくはCZK)を入金しようとしていた。物理的には、2000コルナ紙幣を2枚だ。

 ところが、紙幣をいれて扉が閉まったあと、画面に現れたのは「2000Kč紙幣が1枚でよろしいか」という意味合いのメッセージであった。

 おかしいな……そう思って、キャンセルのボタンを押したつもりが「この段階でのキャンセルは不可能」と表示されたまま、機械は停止してしまった。それでも、なんどかボタンを押下していると、扉が開き、紙幣がもどってきた。ただし1枚のみだ。レシート状の控えにも「2000KC」と印字されているように見えた。

 ──やられた。スキャンのミスなのか、ほかの機械的な故障なのか。わからないが、いくども利用してきて、はじめての事態だった。

 ATMの筐体は、目抜き通りに面した支店の前に設置されていた。煌々と照るあかりに反して、営業時間はすぎているらしく、背後にひかえる店舗の自動ドアは反応しなかった。

これまでの銀行体験から

 ところで、このライファイゼンバンク(Raiffeisenbank)という銀行に口座を開設したのも、かなり前のことだ。往時、まわりにいた経営者や自営業の人間に意見をもとめると、ライファイゼンがいい、と一様に口を揃えたものだ。わが国で最初に、個人向けのオンライン・バンキングを始めた老舗だから、というのだった。厳密には、前身のひとつ、エーバンカ(eBanka)が始めたのだと思ったが、買収されて吸収されたのだから結局は同じことだった。

 その時点でも、同国の銀行にはよい思い出などなかった。

 ドイツに送金する必要があって銀行をさがしていたとき、さいしょにコメルチュニー・バンカ(Komerční banka)を訪ねたものだった。だが、ここは最悪だった。こちらが顔を見せるなり、挨拶も終わらぬうちに「あんた、ヴィエトナム人でしょ、何もできないよ」と言われた。憤慨して、二度と行くまいと決めた。しかし、いま思えば、おそらく銀行側も出稼ぎ移民にえらい目に遭わされていたのだろう。

 この通称「コメルチュカ」は「国でいちばんの民営銀行」と言われていたが、それでもこのざまだった。

 つぎに、オーストリア資本の銀行を頼ることにした。それがフォルクスバンク(Volksbank)だった。ドイツでも見慣れたロゴには親近感もあったし、契約書の原本はドイツ語だ。かの地との取り引きなど日常茶飯のはずだ。ここの行員は感じがわるくもあったが、予感どおり、無難に送金処理をしてくれた。その後もお世話にはなった。

 オーストリアの経済史を端から読んでいくと「クレディート・アンシュタルト破綻」という事件にぶつかるはずだ。このフォルクス銀行は破綻こそしなかったものの、何年かのち、選りにもよってロシアのズベルバンク(Sberbank)に買収された。契約書はロシア語とチェコ語になった。ウクライナ情勢の展開しだいでは、バイデン大統領が制裁に踏み切らないともかぎらない。「米ドルの取り引きから締め出す」と決定されたら、この銀行はどうなるのだろう。

 さて、その後、経済誌のライターをしていた友人が勧めてきたのが、新興のエムバンク(mBank)だった。鳴り物入りで市場に参入してきたポーランド資本で、今でいうネットバンクにも似た業態が売りだった。実店舗は最低限の機能だけ有して、基本的にすべてのサーヴィスがオンラインで提供される。しかも、ほとんどの手続きは手数料が無料で済む。その当時は最先端のスタイルだともてはやされた。

 しかし、小国の宿命で、後発の企業はどの業界でも人材の確保に苦労する。それで、行員がシステムに習熟していない。それは仕方がない。だが、トラブル解決の方途が行内でも共有されていなかったのが致命的だった。

 個人口座を開設したまではよかったが、業務用の口座が必要になった際、口座の開設が一向にできなかった。同僚に尋きにいっては、繰り返される「エラー」表示に、「できない」と言ったきり、行員は作業を放棄してしまった。

 そこで、件のライファイゼン銀行の出番となった。

 違いはすぐに明らかになる。接客がまず洗練されていた。行員は愛想がよく、こちらが外人と見るや、英語で対応してくれようとする。それから、あら、チェコ語がおできになるのね、すてきね、と褒めることも忘れない。こちらは高額預金者でないどころか、すぐに各種料金の振り込みくらいにしか使わなくなってしまった口座なのに、些細なことでも相談すれば、なにかと問題解決にあたってくれた。とちゅうで作業を投げ出す行員など皆無だった。──日本ではわりと普通だが。

 その信頼も厚い「ライフカ」(銀行の通称)にして、あの夕方、ATMの不可解な挙動に見舞われた。折しも、みずほ銀行のシステムがたびたび故障を起こすという、日本からのニュースにも触れるようになって久しかった。──たぶん、よくあることなのだ。とはいえ、証明する手立てがない。約1万円相当、2000コルナの損害は痛いけれど、諦めるしかない、と考えた。経験上、この国では門前払いの案件だ。

クレームのゆくえ

 それが、翌日になると、我ながら気まぐれな挙に出た。アポ無しで、あの支店に立ち寄ってみたのだった。

 入り口から“Information“の札のところまで進むと、若いスロヴァキア人の行員がやって来て、店の奥の席をすすめ、用件をきいてくれた。

 控えに印字された「お取引できません」の文面からすると、機械が贋造紙幣を認識して、処理を中断した可能性がある──という話だった。よくみると控えには、連絡するようにと番号の記載があった。

 ついては、記載された番号でATM担当の部署に自前の電話で通話して、じかに掛け合ってくれ、ということになった。そのiPhoneには当行のアプリがインストールされとるはずでしょ、そんで認証ばすっと、向こうであんたの本人確認ができるずら──スロヴァキア語というのは、チェコ語に慣れた耳には、わけのわからない方言にきこえることがある。

 けっきょく、兎にも角にも話はつき、5営業日以内にメールで回答がくる、と告げられて幕となった。前述したように、銀行ではさんざんな目に遭ってきただけに、あまりのスムーズさに眩暈がするほどだった。ほかの銀行じゃこうはいかないよ、と礼を言って出てきた。

 すると、さっそく明くる日にメールが来た。あっさりしたもので、クレームが認められ、口座に2000コルナが入金された由であった。あの日の終わりに機械を締めるとき、紙幣を数えたら1枚多かった……そんなところだろう。偽札なんかであるわけがないのだから。

 その回答メールの発信元は、「返金スペシャリスト」とかいう面白い肩書きの人物だった。スペシャリストというくらいだから、本社のプラハ勤務なのかと思ったら、意外にもオロモウツの支店にいるらしかった。

 じつは買収された前身の銀行のさらに前身が、オロモウツ農業銀行だったというから、あながち窓際というわけでもないのかもしれない。やはりそこはチェコ(=ボヘミア)ではなく、腐れ縁のモラヴィアにある町であって、自分とは相性がよいのだろうと納得しておいた。

 ──というわけで、チェコ共和国で銀行口座が必要になった折りは、ライファイゼンバンクを検討されてみては、と思う次第。ご参考までに。

去年マリエンバートで(字幕版)

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