ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

鳥の歌

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photo by Šárka Krňávková

 明治期の紀行文といえば、日本文明を学ぶものにとって最重要のジャンルのひとつとなっている。日本に生まれた者はわざわざ日本人になる必要がないから、日本文化の知識が要らないと安吾は嘯いたが、ふだん意識されないことを他者の視角から知ることができるのは単純に愉しいものだ。

 たとえば、リーズデイル卿ミットフォードは、新米外交官時代に勤務した日本に40年ぶりにもどってきて、開国以来の島国の発展ぶりに目を見張り、また目を細める。日露の戦も終わった1906年のこと。山野は言わずもがな、竿にさげた盥をかついで歩く物売りや、簡素でうつくしい家屋など、すべてが懐かしいと景観を称揚する。たほうで、大小二本さした野蛮の輩に「見慣れぬ外人」というだけで睨めつけられるようなことがなくなったのがよかった、などと嘆ずる。読者としては、幕藩体制が終わってわずかな期間で激変した社会に気づかされ、驚愕する。同時に、さいきんまた武漢だ何だと海外で迫害される例が急増したという日本人としても、身につまされる話ではなかろうか。

 それから、ウィーン出身の美術商フィッシャーは、コメへのこだわりについて報告する──日本人は米にうるさい。大陸に派遣された庶民の兵隊でも、かの地の南京米をまずいといって喰わぬほどである。ライス、ヴァイプ、ゲザンク(米飯、女人、歌唱)をこよなく愛する民族なのだ──と。よく気がついたとは思うけれど、たしかに奇異な傾向とみえたはずである。もし現代の刊行であったとすれば、すこしく際どい表現かもしれないが。

 女性とて負けていない。イザベラ・バードの紀行文をはじめて読んだのもだいぶまえのことで、まだ一歩も日本から出たことがなかった。だから、ほとんど批判的に読むことができなかったわけだ。にも拘わらず、己の思い込みから不満に感じたこともあった。この国では小鳥がさえずることがないから、日本の空は死んだように静かである、というようなくだりであった。

 妙なことを書くものだ。カッコー、ホーホケキョ、チュンチュン、ピヨピヨ。明治のむかしだって、いや、むかしだからこそ現代以上に鳴いたにちがいないじゃないか──と訝ったものだ。バードと名乗るも鳥を知らず、か。

 ところが、小鳥たちが大音量で歌うヨーロッパの春を知ってはじめて、イザベラ・バードの観察は公平だったのだ、とやっとわかった。比較してみると、なるほど日本の春はかなり閑静であった。そういえば、春の詩歌でだって、せいぜい鳴くのは鶯か雀の子で、咄嗟にはそれくらいしかおもいうかばない。

 いっぽう欧州では、春の鳥は「鳴く」というより、singenとかzpěvatとか、つまり「歌う」という言い方がとくに好まれるほどだ。ドイツ語圏の苗字にフォーゲルゲザンク(鳥の歌)というひとが稀にあるが、とまれ実態は大合唱である。新春シャンソンショーである。永遠に続くかとも思われた冬の曇天が去って、陽のひかりのなかに小鳥たちの歓喜の唄が満ちる。むろん、鳥には鳥のつごうがあって、繁殖のためにDNAにプログラムされた行動を、しかるべき時宜をとらえて遂行しているにすぎぬのだろうが、人間はそれを聞いて勝手に愉悦にひたるのである。──ああ、鳥が歌っている、春を言祝いでいるのだなあ、と。

 歌い手には、カラ類やマヒワ、ヨシキリの類など、広い意味でスズメの仲間が多いようだ。それでもあえて独断で言ってしまえば、春を告げにやってくる代表選手とは、クロウタドリである。英語ではずばり、ブラックバードと呼ばれるように、オスは全身まっくろであるけれど、嘴だけが橙色である。これが鳴くと春と認めざるを得ない。そして、朝まだきより聞こえはじめる、その美声をたのしみにするようになる。

 もちろん花も、しずかに春を寿ぐ。とくに寒いアルプス以北にも桜がないわけではないけれど、ヤマザクラの系統が多いとおもわれ、日本を象徴する種類の桜とはだいぶ趣がちがう。造花のような濃い色合いに見えたりするのもあるし、さほど盛大に風に散ることがない。むしろ、ベニバスモモのほうがソメイヨシノの面影をともなって、和の風情を醸す。大陸欧州の邦人は、これで妙に里ごころがついたりする。──しかし個人的には、欧州の春といえば、やはり花よりも鳥の歌だと思う。バードがいうように、日本の春にはほとんどないものだ。

 

クロウタドリの歌声(Wikimedia