ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

ロウシュキとレスピラートリ

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photo by Wilfried Pohnke

 ヨーロッパ各国の感染症対策を主導するのは医師やウイルス学の権威であるから、どうしても規制は厳しめになる傾きがあるようだ。そもそも日本とは犠牲者の数字が桁ちがいというのが、やはり大きいには違いないけれど。

 1月下旬、ドイツやオーストリアにおいて、公共交通機関や商店などでの、FFP2規格のマスクの装用が義務化された。FFP2はご案内のとおり欧州の規格で、エアロゾルを94%遮断するというから、おおむね米国のN95や中国のKN95に相当する。

 いつもなにかにつけて旧宗主国の動きを窺っているチェコ共和国政府も、いずれ追随するであろうとは思っていた。はたして2月25日を期して、つまりひと月おくれで同様の策が施行されることになった。アレナ・シレロヴァー財務相が大手スーパーを視察してまわる動画が、月初めにSNSで公開されていたのも、いま考えれば布石のようなものであった。そのとき話題になったのは、黒革のライダースを身につけて颯爽と公用車から降りる大臣の「勇姿」などなど、枝葉末節のみであったが。

 昨春のパンデミック騒ぎの発生以来、ヨーロッパにも急速に普及したマスクである。これを指すドイツ語で、おそらくもっとも仰々しい語がMund-Nasen-Schutzで、直訳すると「口鼻防護具」のような意味となる。即物的な物言いがドイツ語っぽさを感じさせるものの、まいにち口にされる言葉になるにおよんで、Maskeという単純な言い方がふつうになった。

 たほう、チェコ語ではいまだに、rouškaとrespirátorという2語をつかいわける。それぞれ複数形で「ロウシュキ」「レスピラートリ」と言われることがおおい。たとえば上掲の画像にある2種類のマスクが、ちょうど両者に対応している。

 前者、rouškaを定番の文語辞典(SSČ)で引いてみると「頭部を覆うヴェール」という定義が最初にあり、2番目の語義として、いわゆる「マスク」の意味があがっている。製品として、布状の様態を有していないといけないとわかる。じっさい布や不織布でできた一般的なマスクを指して使われる語である。

 後者、借用語のrespirátorは、端的に「マスク」とは書かれていないけれども、吸気を濾す装置である旨の記述になっている。そこでドイツ語はどうなのかと、ある独和辞典でRespiratorの項をみれば「呼吸マスク」という、説明になっているかどうかもあやしい一語で説明が済まされていた。しかし、さすがにオンライン版_Duden_の定義は、手術後などに使用される人工呼吸器、となっている。

 日本語で「レスピレーター」といえば、まず「人工呼吸器」のことである。つまり_Duden_にひとしい。すくなくとも医療や介護の現場ではその意味でつかわれているし、たとえば『大辞泉』にもそう書いてある。防塵用のマスクをそう呼ぶこともあるにせよ、たいていはフィルターが交換できるようになっていたりする、あるいは「耳目口鼻防護具」みたいな、いずれにせよ大仰な仕掛けの製品が多い。

 では、英語のrespiratorはどうか。ためしにオンラインで_Cambridge Dictionary_をあたると、ひとつ目の定義が日本語と共通の医療機器を指している。そして、ふたつ目の定義が「有害物質の吸入を防ぐために口と鼻を覆って装用される装置」と、マスクかその延長といった意味内容になっている。こうしてみるとやはり、このなかでは英語がいちばん大雑把である、という印象にもなりそうだが、そのぶん辞書は明解に作られている。

 辞書の定義はともかく、日常会話のチェコ語では、ふたつの語がいずれもマスクを意味してはいる。ただ、「布」であるロウシュキにたいして、レスピラートリは「装置」であるから、それなりに厳つい外観をしている、はずである。FFP2というと、ごわごわの厚手の生地をもちいた立体的な造形で、それなりの密着感もあり、ちょっとした装置にみえなくもない。

 今回のチェコ共和国における措置は、実質上「レスピラートリ装用義務化」といえる。同国の公共放送によると、推奨されるのは、FFP2、KN95以上の製品のみで、これらはふつうレスピラートリと呼ばれているためである。ほかにナノファイバーとよばれる生地が使用された「ナノロウシュキ」も許容され得、不織布のいわゆるサージカル・マスクでも、2枚重ねれば可とされる。公共交通機関、商店、病院など、ひとが集まる場所が対象となっている。ただし、子どもは免除。25日木曜日の午前0時から発効。前述の大臣のパーフォーマンスの例からも類推されるように、入念な準備があったとみえ、全国の薬局やネット通販サイト等での在庫も潤沢と伝わる。

 ところで、たまたま目についたのはYouTubeの動画である。1月のオーストリアにて、マスクの使用を拒否したものか、年配の女性が警官に拘束される様子が投稿されていた。同国は昨年、いちはやくスーパーの入り口でマスクが配布されるようになった国であった。あれからもうすぐ1年になろうというのに、マスクをめぐってはまだまだ葛藤があるようだ。FFP2やN95のマスクを長時間していると、スチームバスのなかで呼吸するような息苦しさにもなってくるから、気持ちはわかるけれども。──2021年早春、中欧のマスク事情からの一席であった。 

 

 

*参照:

www.youtube.com

www.afpbb.com