ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

すみれの色とドーベルマン

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photo by Jordan Whitt

 またチェコ語の話になる。相手が誰であったのかもう忘れたが、紫色の(purpurová)服かなにかを褒めたら、「これは紫ではなくて菫色だ(fialová)」と怒られたことがある。そのときから漠然と、チェコ語の文化において紫色は否定的、菫色は肯定的な意味合いをもっているのだと勝手に思い込んでいた。

 異文化コミューニケイションというと、行動様式の差異に目がゆきがちである。しかし、たとえば色彩については、呼び名だけでなく、それぞれの概念も文化によって異なるから、意外にやっかいなものである。文化によって認識される色数が異なるという、虹に関する色彩心理についてはよく知られているところでもある。とくに片方に認識がない色について互いに議論が噛み合わないとしても、それは自然なことであろう。とはいえ、ことさら似通った色合いを峻別せねばならないのは、地域や言語間の文化の差というよりも、ジェンダー間の文化の差かもしれない。とくに服飾のばあいは。

 いっぱんに紫のほうが赤みがつよく、菫は青みがつよいといわれてはいる。あれこれ辞書をひっくり返してみれば、purpurový(紫色の)の語源は、ラテン語の染料の名purpuraで、名詞のpurpurはドイツ語のPurpurと同形の借用語。英語のpurpleなどと同様に、起源は古代ギリシアにさかのぼる。いっぽうfialový(菫色の)はすこし込み入っている。スミレの類をよぶ俗称たるfialaがもとではあるが、植物として厳密には指小形のfialkaが該当するらしい。おそらくドイツ語でも指小辞のついたVeilchenから来ている。これも英語のviolet同様に、ラテン語のviolaに由来する。

 どちらの色が上位概念であるかということも、文化によって異なってもいる。古来より、巻貝からとられる件の染料が高価であったがために、いずれも高貴な色とみなされた。ローマの皇帝が纏っていたののが紫色のトーガであり、いっぽうカトリックの司教や大司教が着用するのが菫色の法衣とされているようだ。スペクトラムの説明は手に余るが、光学的には菫色のほうが基本とされる。それかあらぬかヨーロッパ諸語の文化では、けだし菫色のほうがおおきい概念で、場合によっては紫色が「菫色の一種」として扱われることになる。いっぽう日本では植物のムラサキの根が染料にされ、やはり高貴な色として扱われたところから、紫色のほうがおおきな概念とされる傾向が残っているのかもしれない。そういえば、先月はじめ訃報がつたわった筒美京平の楽曲に「セクシャルバイオレットNo.1」というのがあったけれど、つまりあれは菫色が一番ということだろうか。ならば二番は紫であるに違いないが、これは日本語の文化では例外的な序列といえよう。

 さて、くだらぬ話に逸れたが、あっと思ったのは、先ごろチェコ共和国政府が導入した「チェコ共和国防疫指標」とでも訳そうか「Protiepidemický systém ČR」、通称"PES"を見たときであった。これはありていにいえば、感染症流行の深刻度の度合いを段階分けした警戒情報の提供方式である。同国ではそれ以前の仕組みが不評で、新たに客観的で明瞭な枠組みの策定がまちのぞまれていた。新たな方式では、日ごとの感染者数など、じっさいの疫学的状況が同国立の健康情報・統計研究所での解析を経て、0から100までの数値化されたリスクたる「スコア」として開示され、5段階の水準に分類される。これは日本での同種の指標における「ステージ」に相当するのであろうが、それぞれの局面ごとに、行政府が対処するための規制や措置、たとえば再開が許可される業種や社会活動、参集が許される人数などが明確に規定されているのである。とはいえ、こうしたもの自体は今どきの世界ではめずらしくもないだろう。

 すこしくユニークな点といえば、保健省の特設ページには、ドーベルマンかなにかの犬の頭部がイラストで描かれており、その漫画的な表情から機嫌の良し悪しが示され、それに応じた注意を喚起しているところか。喰いしばった歯をみせて、唸り声をあげているかのように見える横顔のときは、最大限の警戒を要する状況であろうことは一目瞭然で、子どもにもわかり易い。"pes"というのはチェコ語でイヌを総称する語であって、これに由来していると想像がつく。

 そしてここで、色分けについて注意が向かったのである。5段階の分類のうち、5番目がもっとも深刻であるところは、たとえば日本の防災気象情報と同様である。もっとも低い段階1から、緑、黄、橙、赤、菫……と五色が割り振られているが、おや、と思ったのはそこであって、紫(purpurový)かと思いきや、菫(fialový)となっていた点である。この不吉な色として用いられたスミレをみて、長年の思い込みに気がついた次第であった。──ただ、紋章学の書籍を参照してみると、菫色の象意とするところに悔恨、後悔、懺悔というような語彙があり、後ろ向きでありながら、文脈によっては善行や美徳にもなりうるような両義的なニュアンスが感ぜられる。不確かさや、ひいては不安を連想させることに対応するのかも知れない。

 このPESなる仕組みは、せんじつ就任からひと月ほどで辞任してしまった、プリムラ前保健大臣の置き土産とも言われている。だいぶ時間をかけて練られたものらしい。土地の文化ではこういうときに一般的な菫色を用いるのが自然なのであろうが、警報の心理的インパクトを高めながらも、それでもなるべくウイルスにたいする際限のない不安を煽ることがないようにと、熟慮のすえ色が充てられたのではあるまいか。日本の気象庁の警報では、紫色の「警戒レベル4相当」のうえに、黒色が用いられた「警戒レベル5相当」というのがある。土砂崩れや内水氾濫であれば即死の犠牲も発生しうるから、そうした場合ならば黒という配色も妥当にも思えるが、今般の場合には相応しくない気がする。

 それにしても、ドーベルマンのイラストとは素朴ではあるけれど、なかなか気が利いているとは感じた。とりわけ犬好きの人びとである。緊急事態宣言に定められた時間を区切った夜間の外出禁止の規則でも、犬の散歩だけは例外扱いで認められていた。散歩というよりは、むろん排泄のつごうであろうが、犬自身としてはそこは区別して考えていまい。ひるがえって、あれだけ「ゆるキャラ」のすきな日本の行政が例えば「アマビエくん警戒レベル」みたいな尺度を制定しなかったことは、いっけん不思議なことにも思える。

 いずれにせよ、これをどう意識するか、あるいはしないかは、市井の人びと次第である。COVIDなどは迷信にすぎぬと嘯いているひとはよくいる。それはそれで構わないけれど、医療現場へ協力する意思があるかないかの問題ともおそらく捉えていない。とりわけ自営業者には多そうだが、営業規制によって生存を脅かされている立場とすれば、それも理解できる。このあたりの心理は、レオン・フェスティンガーの認知的不協和理論を思い浮かべれば説明できそうで、陰謀論にも流行る道理がある。とりわけこうした立場の市民に、種々の規制が妥当なものであることをできるだけ納得してもらおうというのが、明快な情報開示の仕組みを整えた目的のうちの主眼であろう。それに足るものかどうかはわからないが。

 昨週の末まで、保健省の当該ページでは、あのドーベルマンが唸り、共和国全土の地図が菫色にそまっていた。この「ステージ5」にあって、飲食店はカウンターや窓越しに品を手渡す形式のみ、公共の場でのアルコール飲料の消費は禁止され、21時以降の外出すら禁じられていた。いまは水準は赤色に下がり、緊張した犬の横顔も臨戦態勢からはやや後退した表情をみせる。人びとの生活においても、もっとも苛烈な規制は解かれる運びではあるにせよ、緊急事態宣言の効力は来月12日までに延長されている。灰色の冬である。

セクシャルバイオレット No.1

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  • 発売日: 2014/04/01
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