ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

大衆の反逆

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photo by Anne Nygård

 安倍晋三内閣総理大臣が辞任の意向を表明した。このタイミングでの続投断念は、当人がいちばん無念であったろう。ストレスが大敵の難病が持病とあっては、時間の問題であったのかもしれないが。報道によると、感染症対策が世論の評価を得られず苦悩していたという。「現金給付は効果がなかったかと……」という副総理兼財相の言に典型的に窺われたが、政治エリート一門出身の政権には庶民の心理が読み切れていなかったうらみはある。取り沙汰される「ポスト安倍」の候補のなかで、とりわけ菅義偉官房長官にひそかに期待する所以である。

 さて『文藝春秋』誌には佐藤優の連載があって、2020年8月発売の9月号ではオルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』が取り上げられていた。文系の人だったら学校で読まされたかもしれない、あれだ。ことし4月には岩波文庫の新版が出来していた。件の記事は、大衆社会では専門家でもない者が見解の表明をもとめられる件を挙げ、国の感染症対策に苦言を呈する趣旨だった。

 『大衆の反逆』初版が刊行された1929年には普通選挙が普及してきていて、すでに前年に英国では男女平等の選挙も実現していた。民があまねく選挙権を獲得したということは、大衆とて正確な情報にもとづいて理性的な決定を下す必要が生じたわけであって、大衆にも知的活動が求められつつあった時代になってくる。理論上は、大衆が新聞メディアをつうじて公衆として組織されることが民主主義の大前提ではあるものの、現状をみてもじっさいにそれが機能しているのかどうか。オルテガの書はいまだに活かされていないということになるのだろう。

 当世、マスメディアの権威が減衰しているようにみえるのは、情報化の進行と無関係ではあるまい。NHKをぶっこわすことを公約にした政党も、スマートフォンやITの普及を背景に挙げていた。インターネットこそが「コンヴィヴィアリティのための道具」だと謳われた時分から明白のことではあるにせよ、いまやメディアだけでなく、教育の権威もふるわない。SNSを眺めていると、高等教育など受けずとも地頭のよい才気煥発の徒がいて、毎日の的確な発信が支持を博していることもよくある。エマニュエル・トッドなどはこの「学歴と知性の乖離」という現象を、2018年以来のジレ・ジョーヌ暴動の遠因として挙げている。フランスではとりわけ、教育水準というものが所得の格差を正当化する論拠にされてさえいると捉え、階級闘争の再来であると説く。

 日本では国立大学の独立行政法人化が決まった当初、反発もあった。よく出ていたある学会でも、そういう議論がさかんであった。思い返してみれば、そこに誘ってくれた某氏なども反対運動には熱心なひとりであったが、いまや私立大学の教授におさまっているのだから、すこし皮肉な気もする。とまれ、すでに当時から受験予備校の定める偏差値は生徒の家庭の年収に比例する関係にあるとはいわれていた。高等教育が、開かれた学業の機会というよりも、不平等な階級の再生産のプロセスの一部にすぎぬことは、トッドの言に俟つまでもなく日本人には自明であった。あの頃すでに少子化・人口減少によって「大学全入時代」が来るとの予測があったにも拘わらず、のちの小泉劇場政権が新自由主義的な政策を推し進め、格差化・貧困化の火に油を注いだ。これは一定の階級を除いては、所帯をもつことへの自粛要請にひとしかった。結果、ひと学年あたりの人口では、団塊ジュニア世代の200万人以上から減少しつづけ、ついに半減した。直近で2019年の新生児の数は80万人台だった。

 トッドは日本で民衆の暴動が起きない理由を解説してはいるが、たとえば反グローバリズム暴動など、トヨタのお膝元で起きようはずもないとは思った。ところが近年の反グローバリズムの流れは、悪疫対策から各国が国境を実質的に封鎖したことで加速されているようにもみえる。これが予断できたはずもなく、グローバル化時代の政治家には勝手がわからないにちがいない。連関して安倍総理にとっては、外交センスをアピールする機会がこのところ閉ざされていたのも不運だった。東アジア情勢が急激に変容しつつあるなかで外交政策こそ評価されるいっぽう、とりわけ拉致問題や北海道経済にかかわる残された諸案件については惜しまれる向きも多いはずだ。ただ、なかんづく鳴り物入りではじまった経済政策の成果はといえば、マクロ指標的な数字を除けば、株価以外にめぼしい点もなく、日本の大衆は相対的に貧しくなりつづけている。トリクルダウンが現代の神話にすぎぬと暴かれたことが、せめてもの収穫であった。企業や財政はやっともちなおしたとも言われるが、大衆にとっては「失われた30年」が放置されたまま、時代は外部環境ごと急速に変わりつつある。

 緊急事態がおこってのち、このところ政権の支持率は低迷していた。しかし疫禍のなかで世界的な「大衆の反逆」がはじまったのだとすればなおさら、つぎはエリートにはない発想がすこしは必要になるのではないか。──ともかく、ここはやはりスガさんしかいない、とおもう次第なのだ。 

大衆の反逆 (岩波文庫)

大衆の反逆 (岩波文庫)

 

 *参照:

www.dailyshincho.jp

www3.nhk.or.jp

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