ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

インフォデミックとその境界(2)

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photo by Nicky Pe

 4月11日の〈NHKスペシャル〉は、厚生労働省のコロナ対策の中枢に密着取材したものであった。ばらばらで、ときにちぐはぐな種々の報道のあいだにあった情報の空白部、ジグソーパズルでいえば苛立たしくも欠けていた最後の1ピースを埋めるような番組であった。

 緊急事態宣言をめぐる賛否や論争といったものは、けっきょくのところ、封じ込めは可能か否かという点において、前提を異にする立場の人びと同士で行われている。厚労省の立場は「クラスター対策」によって、ある程度まで封じ込めることができるという前提であったらしい。とりわけ対策班の当事者らは、完全に封じ込めるのだという気概でもって事に臨んでいる様子が描写されていた。北海道ではそれができたから、というのも傍証的に挙げてもいた。

 しかしけっきょく、緊急事態宣言を出したり引っ込めたりするような、アクロバティックな「機動防御」戦術が可能であるとは、納得させてもらうところまでに至らなかった。とりわけ人的資源の不足に関しては、番組中に当事者らもぼやいていた。また何にせよ、検査数が少なすぎるが、そんな数字などなくとも厚労省のチームには対策が可能であるということなのだろう。前提となる情報が出してもらえておらず、出すつもりもないらしいわけだから、根拠を欠くメディアの不協和音も鳴り止むはずがない。いずれにせよ「知らしむべからず」の政治風土のなかにあっては、これ以上の考察となると……スーパー電脳の富嶽にでも俟つしかあるまい。

 こうした諦念を霧散させるような記事は『産経新聞』の一面に載った。「安倍首相の下で団結せよ」という、知の巨人こと佐藤優によるものであった。日本の政治は「翼賛」という理念を特質とし、この非常時にあっては、とくに党利党略など棚に上げ、一致協力して危機への対処に全力を尽くそう──というような論旨で、東日本大震災の際にも共通してみられた主張であるらしかった。

 とまれ、やれウヨクだサヨクだ、反日親日だ、グローバルだ反グローバルだという分断のはざまにあって「団結」が難しいのもたしかだろう。国内どころか、国際的な協力なくして未曾有の危機など乗り切れるはずもなし。ときに、いつもは利用しないTwitterをたまたま見たら、「われら優秀なる民族なれども、ただ自らを能く統治せず」云々という、首脳や閣僚の画像までもフィーチャーした、とある国の政権への罵詈にでくわした。佐藤優ではないが、そんなことをしている場合なのだろうかと思わずにはいられなかった。

 このSNS全盛の時代には、こうした分断の担い手からの、オンライン上のソーシャル・ディスタンスが必要となろう。すくなくとも個人の精神的な健康を保つうえで。Twitterであれば「フォロー」を解除すれば足る。議論や批判というよりも、あら探しや邪推や罵倒がすきな連中である。むろん、たとえそれが「嫌いだ」というだけのヘイトスピーチであったとしても、言論の自由は保障されねばならぬが、ちょうど排泄する権利と同様、なんぴとも悪臭に満ちた言説に付き合わされる謂われなどない。ヒステリックで夜郎自大なくだらん輩は相手にせぬことだが、針小棒大に政権を罵倒する野党も特定の大手メディアも、情報が大事なこんなときは、モリカケでもプレステでもやって遊んでおいてもらったほうがよい。

 ところで、一連の危機対応で名を上げたのは、とくにニューヨーク州のクオモ知事や、イタリアのコンテ首相であるという。クオモ知事は、現実的な対応や、自分の責任を明確にしたうえで市民に協力を呼びかけるなどの姿勢が好感を呼んだらしい。ふだんは対立するトランプ大統領も、いまは一目置くという報道である。コンテ首相はもともと左派の法学者で、学生相手に眠たくなるような講義をしていたところが、政界にひっぱりだされたものの、かの国の雄弁な政治家たちに伍してみると、やはり見劣りするといわれていた。ところが、欧州各国の元首や政府首班が、映像でじかに国民に語りかけるような有事に際して、いわば人柄が評価につながる結果となったらしい。

 いっぽう安倍総理の緊急事態宣言の会見はといえば、評判は芳しくなかった。まず冗長にすぎた。そして、いつものように会見場で紙を読む発表形式で、国民各位に親密げに訴えかける演出がなかった。内容も、あの長年にわたって評判のよかったスピーチ・ライターと同一の人物が準備した原稿であるとは、思えなかった。ひと月ほど前からの欧州各国首脳の映像と、知らずしらず比べてしまっていただけなのかもしれないが、国民の不安をやわらげる好機でもあっただけに悔やまれる。

 スピーチだけではない。補償に関しても、社会の分断をそのまま反映したような給付方式で、スペインなどではベイシック・インカムの導入も検討されているとつたわるほどであるのに、くらぶべくもない。世界にひとり日本政府のみ、いまだコーポラティズム的な「昨日の世界」を生きている印象である。事態の早期収拾に関して、まだ自信と余裕がある裏返しなのだろうか。──要するに「団結せよ」といわれても、いかんせん政治家も政策も求心力を欠く状態にある。

 くわえて、不安を助長するかのような報道もあるわけだ。すでに医療崩壊が迫っている──などというが、ほんとうだろうか。現場の関係者は、訊かれれば大変だ心配だと応えるに決まっているし、じっさいそうなのだろう。が、欧州各国にくらべても感染者数もまだ桁が違い、病床を増やす対応も進行している。といっても検査数がそもそも(以下略)。さらに人工呼吸器が不足するとか、ECMOの数が足りなくなるなどと、またも不安に拍車をかけるような報道である。BBCの記事によれば、英国では全土でECMOが数基しか保有されていないそうだ。日本には、それが2月の緊急調査の時点で1412基、うち待機が1255基もあることになっている。現場の試算からすれば、これでもまだ足りないという意味なのか。数字などないにも拘わらず、根拠も示さず、徒らに不安だけをあおるだけの報道もまだ多い。

 

 *参照:

www.nhk.jp

www3.nhk.or.jp

www3.nhk.or.jp

www.news-postseven.com

www3.nhk.or.jp

www.asahi.com

 

*追記:

news.yahoo.co.jp