ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

復活祭、スリヴォヴィツェ、ホロコースト

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photo by Marcela Lukášíková

 不安が人びとにとり憑くいっぽう、特定の商品の需給が逼迫している。それで、ドラッグストアの棚から衛生スプレーが消えてしまうと、どうにか安手の蒸留酒のたぐいで賄えないものかと考えてしまった。かといって、もっとも一般的なウォトカでもアルコール度数はせいぜい40パーセント程度。ジンや焼酎も同程度であるが、そもそも臭くて使えない。また、夾雑物の多い色の付いたものや、べたべたしたものは論外となる。殺菌消毒に用いるならば、アルコール濃度は60パーセント以上は欲しい。とまれ、たいていは度数が高くなるほどに価格も上昇するし、なによりそれだけ良質な蒸留酒であれば、倫理上の観点からも、ぜひ飲用して消費すべきではある。つまり手許にあったとしても、とくに特定の銘柄である場合には、とても消毒目的などでは浪費できまい。もったいない。──そういえば、クリスマス近辺にモラヴィアの知人などを訪れると、自家製のリキュールを貰うことがある。杏子を原料とするメルニュコヴィツェとか、林檎のヤブルコヴィツェとか……。香りは最高だが、アルコール分は50から53パーセントに稀釈してあると言っていた。

 ところで、モラヴィアという邦は、われら酒飲みには面白いところだ。ローマの葡萄酒と、ゲルマンの麦酒と、スラヴやバルカン半島の諸族の蒸留酒という、もとは三者三様であった文化が混淆する結節点のような地域である。映画『ボブレ』(トマーシュ・バジナ監督、2008)にも描かれたように、ワイン文化に疎いと言ってプラハからの一見さんを莫迦にしたりする連中もあるし、ふだんはもっぱら蒸留酒しか飲まないひともいる。そうかと思えば、ボヘミア人同然にピヴォを愛してやまない麦酒党もとうぜんいるわけだ。政党政治にも通ずるような多様な立場が見てとれるが、全体主義に懲りた住民たちには多様であること自体が、好ましいものであるようだ。

 パーレンカと総称される蒸留酒のなかでも代表的なものは、なんといってもスリヴォヴィツェであろう。スロヴァキア風にスリヴォヴィツァとも、あるいは日常ではスリフカとも通称される、要はプラム・ブランデーである。原料となるセイヨウスモモの類にはいくつかの品種が用いられるそうだが、どれもたいていプルーンの亜品種に属すらしいから、プルーンと言ってしまってもよいのだろう。かの地元では総称的にシュヴェストキと呼ばれ、ドイツ語では標準的にプフラウメの一種とされるも、南の地方ではツヴィチュゲなどと呼ばれる。ダマスカスを中心とするシリアに産したため、英語ではダムソン・プラムの名もあるが、それが代表的な品種を指すのかどうかは知らない。

 個人的にスリヴォヴィツェの洗礼を受けたのも今は昔。若い友人にスロヴァーツコの実家に招待された、この復活祭の季節であった。

 春といえども、その年の復活祭は寒かった。冬を象徴するという等身大につくられた人形を、小川に流して別れを告げる──という儀式がその町にはあったのだが、その年には雪解けの水もまだ少なく、思うように流れていってくれない。じっさいに春が到来しつつあれば水嵩も増しているはずで、ちゃんと流れ去ることになるわけだから、なるほど、よくできていると感心した。

 その不首尾に終わった儀式の模様を現場から中継して放映していたのが、家族経営のローカル局で、ネスヴァトバ氏というのがアナウンサー兼経営者であった。この苗字は直訳すると「非結婚」というような意味になるのだが、じつのところ氏は同性愛者でありながら既婚者で、奥方も娘も自前の放送局に勤務しているのだ、まあつまり非結婚でゲイで既婚──と、友人は馬鹿な漫談をしていた。いっぽう歌番組では、カレル・ゴットが元気に唄っていた。今年もどうせカレルが受賞さ、そういうことになっているんだ、と笑いながら教えてくれる。変わらない日常。それを支える伝統行事。共同体は再生産され、永遠に平穏な故郷。そういったものを、所与の制度として大切に受けとる者もあれば、厭う者もある。

 雪も舞うなか、城館など地元の名所旧跡を案内してくれたのち、帰ってくると、お母さんが腕を振るってくれた。コンソメにはじまり「ヴェプショ・クネドロ・ゼロ(焼豚・茹で饅頭・煮甘藍)」へとつづく、ご当地流のコース料理を用意してくれていたのだ。

 この地方でも、笞で未婚女性の尻を叩く風習がある。柳の枝を縒ってつくられたポムラースカなどと呼ばれる笞を携えて車に乗り、女と見るや道中で下車してはそれを実践しながら、友人の親戚の家々を挨拶して巡った。先ざきで山と準備されたフレビーチュキなるオープンフェイスのサンドウィッチを、あたかも陣中食のごとくいただいた。そこにいっしょに登場したのが、スリヴォヴィツェであった。東洋からの珍客とともに乾杯するのを、一様に喜んでくれた。掛け声につづいて、ショットグラスで一気に呷る流儀である。

 スロヴァーツコという地方は南モラヴィアの辺境に位置し、現在ではスロヴァキア共和国オーストリア共和国に接する。ふるくモラフスケー・スロヴェンスコとも呼ばれたが、これは「モラヴィア領のスロヴァキア」というニュアンスで、英訳では「モレイヴィアン・スロヴァキア」と称されたりもする。シレジアとかティロールとかにも似て、現行の国民国家の枠組みに収まりきらないという解釈もあるが、政治的な分離主義の話はまたいずれ、稿を改めたい。

 いずれにせよ、行政上の国境などあるにはあっても、人びとの生活にはさほどの意味はない。とりわけ葡萄の収穫期といった猫の手も要るような時節には、季節労働者の移動などは超法規的に、あるいは脱法的に行われてきたとも聞く。方言にしても、さすがにドイツ語はスラヴ語とは隔たっているものの、たとえばスカリツァなど国境沿いの町々に住むひとが話すスロヴァキア語を聞くと、ほとんどチェコ語との判別がつかない。酒場ではどの言語も飛び交う。名実ともにひとつの経済圏となった今では、パスポートももたず越境してきては、顔見知りと仲良く呑んだくれている。クロイないしトラハトと呼ばれる民族衣装も、村々による顕然たる差異こそあれど、スロヴァキアのはるか東からバイエルンに至るまでのひろい地域にある種の共通性が見出される。例によって今回は詳述しないけれども。要するに、習俗ないし文化とは、国家の境界線に沿って厳然と分けられる塗り絵のごときものにあらず。むしろ水彩画のグラデーションを思い浮かべていただきたい。とまれ、かのトマーシュ・マサリクを生んだ、多文化的ないしコスモポリタンの風のある田舎でもある。

 そのような土地柄にあって異彩を放つのが、少数派たるユダヤの文化的な貢献と社会的、経済的地位である。これがまた、モラヴィアのスリヴォヴィツェないしパーレンカの歴史とも、切っても切れない。

 話はさかのぼる。モラヴィアに技術がつたわって蒸留酒が造られるようになったのは、ヨーハン・フォン・ルクセンブルクやカール4世の御代ともいわれたり、あるいは13世紀ないし14世紀のことだともいわれたりしているが、正確なところはわからない。はじめは葡萄酒が原料であったが、のちには穀類、とりわけライ麦が用いられるようになり、できそこないの麦酒までもが原料となった。これらの製品は、ヴィノパロヴェー、ピヴォパロヴェー、モジピヴォヴェーなどと呼ばれた。これはしかし、まだ前史である。

 じつはバルカン半島からラキヤがつたわったのは、さらに何百年もあとの話で、17世紀ごろといわれている。これがモラヴィアにおける、件のプルーンを原料とするスリヴォヴィツェの起源となった。のち1680年の宮廷の布令で、蒸留酒製造は貴族の特権とされたものの、貴族みずから手をよごして生産に従事するわけもなく、特権は企業家に有償で貸与された。そのなかにはユダヤ人実業家も多かったのである。

 19世紀末に生まれたルドルフ・イェリーネクなどは象徴的な人物で、生産設備を買い取り、自らの名を冠したスリヴォヴィツェを製造販売しはじめた。いまではその名は、モラヴィア産スリヴォヴィツェとしては、おそらくもっとも知られた銘柄ともなっている。しかし当人はといえば、はじめテレーズィエンシュタットへ、そこから1944年の秋にはアウシュヴィッツに送致され、帰ってくることはなかった。享年52と推定される。あまりにも若かった。

 ──「ナ・ズドラヴィー(健康に)」と唱和したのち、スリヴォヴィツェを呷れば、アルコールに咽喉が焼けるような感覚があって、そのプルーン由来の爽やかな果実香が鼻に抜けるのだ。これをしこたま呑めばウイルスは死に絶える、というのはたちの悪いデマに決まっているが。いずれにせよ、みなコロナ禍などに負けず、心身ともに壮健であって欲しいものである。

V širém poli studánečka

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  • 発売日: 2019/12/13
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

 

*追記:

www3.nhk.or.jp

消毒液の代わりにアルコール高濃度の酒使用認める 厚労省
2020年4月13日 15時25分

新型コロナウイルスの感染拡大で、アルコール消毒液が不足していることを受けて、厚生労働省は、アルコール濃度が高い酒を消毒液の代わりとして使用することを特例として認めることを決めました。

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために必要なアルコール消毒液は、供給が追いつかず、各地の医療機関や高齢者施設から対策を求める声が出ています。

これを受けて厚生労働省は、やむをえない場合にかぎり、酒造メーカーがつくるアルコール濃度が高い酒を消毒液の代わりとして使用することを特例として認めることを決め、全国の医療機関などに通知しました。

具体的には、アルコール濃度が70%から83%の酒を対象とし、これより濃度が高い酒は、殺菌効果が落ちるため薄めて使うよう求めています。

この濃度に該当する酒はウォッカなどで、酒造メーカーでは、消毒液の代わりとして使用することを想定した製品の製造も始まっているということです。

厚生労働省は「主に医療機関での消毒液の不足を解消するための特例措置であり、一般の家庭では、引き続き、手洗いの励行を続けてもらいたい」と話しています。

消毒液の代わりにアルコール高濃度の酒使用認める 厚労省 | NHKニュース