ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

スタイル・カウンシルのワルシャワ

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photo by Charlie Galant

 春の陽気とコロナの憂鬱のなか、イースターがちかづいている。しかし、謎のウイルスに完膚なきまでに打ちのめされた人類に「復活の日」などやってくるのだろうか。

 ところで、最初にワルシャワを訪れたのが十何年かまえではあったのは確かであるものの、正確な憶えがない。季節についても、この復活祭の時分ではなかったかと漠然と思っていたのだが、たぶん記憶ちがいで、その理由もはっきりしている。友人がいっしょに来いというから、本場のジュブルフカ目当てで同行した。いまはプラハで勤め人をしている男だが、当時はスラヴ学の博士課程にも在籍しており、所用でたびたびワルシャワ大学に行っていた。となりの国といっても、旧東側の鉄道の連絡など知れたもので、むやみに長い道中の無聊をきらったのだろう。

 灰色の町という先入観をもっていたのも、無理はない。英国のバンド、TSCことザ・スタイル・カウンシルの楽曲「ウォールズ・コム・タンブリング・ダウン!」が、まず頭に浮かんだのだから。そのPVは、いまではYouTubeでも観ることができる。撮影されたのが、米ソ冷戦ただなかのポーランドの首都だった。アジテイションめいた歌詞に唄われたとはいえ、ほんとうに壁が崩れるなどとは、おそらく誰も夢想だにしていなかった。──政権にひび割れがおこって、支配体制は崩壊する。団結は力なんだ。光は消えゆき、壁は崩れ落ちてゆく。

 聴衆の拍手につつまれ、若きポール・ウェラーミック・タルボット、D・C・リー、スティーヴ・ホワイト、ヘレン・ターナーが、やおら曲を奏で、歌いはじめる。会場のうすよごれた窓の外には、そびえたつ《文化と科学の宮殿》が見下ろしている。地上42階、高さ237メートル。スターリンが寄贈したという醜悪な摩天楼である。はじめは硬い表情であった観衆も、西側の頽廃した音楽にあわせてリズムをとるようになってくる。ふと回想すれば、TSCのメンバーが、おのおのトラムに乗りこんで会場に向かっているところだ。ひとりミックは、街路に息を切らせてトラムを追いかけるが、追いつけない。背後の壁には「スターリングラード通り50番」と読める。おなじく描かれた乗用車は、ソ連製ラーダ・サマーラではないか。さて、停留所までたどり着くと、兵士の像を見あげながらスティーヴが所在なげにしていた。異国での再会に安堵して、ふたりは抱擁する。やってきたトラムにとび乗れば、都合よろしくほかのメンバーはそろっており、まもなく会場入りをはたす。映像は、たびたび演奏シーンにもどってくるが、気がつくとまた、走行しつづけるトラムの光景である。車窓から曇天の風景をながめるポールは物憂げだ。やがて小雨もやみ、スターリンの墓標のごとき塔にも、陽があたりはじめた──というところで曲もおわる。

 イアン・マンによる年表によれば、ロケーション撮影は1985年の4月におこなわれた。この年は4月7日がイースターで、それにつづく週のうち4日間が旅程にあたっている。

 1985年4月11日木曜日は、六曜では大安であった。この日、スタイル・カウンシルの面々はロンドン・ヒースロー空港からワルシャワに飛んだ。

 4月12日金曜日。赤口。到着の翌日は、トラムおよび市街地での撮影に費やされた。そこで、ミックが乳児を抱いた男にぶつかるというアクシデントに遭遇した。赤ん坊はトラム乗降口のステップ部分に落下したが、さいわい無事であった。その後、酔っぱらいが意図的に撮影を妨害し、警察を呼ぶ事態になったが、それまでは作業は順調につづけられていた。赤口

 4月13日土曜日。先勝。ワルシャワ唯一のジャズ・クラブであった「アクファリウム」で、収録がおこなわれた。地元ラジオ局とともに招待されたオーディエンスが、ディレクターのティム・ポウプにうながされて拍手するカットは、PV冒頭の場面に使用されることになる。

 4月14日日曜日。友引。ミックがトラムを追いかけるシーンは、ヒースローへ戻るフライトの直前に撮られた。まずまずの成果であったろう。

 けちをつけずに語りうるものなんか、ほとんどなかった。そんなに悪く言いたかないけど、さえないし、退屈だったな──とポール・ウェラーは述べている。滞在中ずっと雨が降り止まなかった。バーミンガムにいたほうがましだったかもしれない──と振り返ったのはヘレン・ターナー。貴重な体験ではあったけれども、英国での暮らしがいかに好いものか、保健サーヴィスや石油資源に恵まれていることが評価に値することだって、気づかせてくれた──という、いかにもブリティッシュな述懐は、スティーヴ・ホワイトであった。とまれ、ポップ・ロックのスターらには、鉄のカーテンの向こう側は散々だったようだ。

 数日後の4月17日は大安吉日。アルバム『アワ・フェイヴァリット・ショップ 』が完成した。のち、全英アルバム・チャートで1位を獲得することとなる傑作であった。件の「タンブリング・ダウン!」は、稀代の名盤をしめくくる14曲目に採録されている。

 ──つづく。

Walls Come Tumbling Down (Live at Live Aid, Wembley Stadium, 13th July 1985)

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復活の日

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