ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

蛇と蛙の政治学

f:id:urashima-e:20200405204514j:plain

photo by Gabriela Fink

 コロナウイルスの蔓延。東京都で4月4日、あらたに118人の感染が確認された、と報じられている。一日に判明した数としては最多となった。そのうち81人の感染経路が不明であるというが、然もありなん。つまり、じっさいの感染者数は不明で、おそらく発表よりもずっと多いという暗示である。

 日本の「PCR検査実施人数」という数字が、やはり訝しい。ヨーロッパの小国とくらべても少なすぎる。日本全国の数字で、総計4万件弱であるというのだ。だが、たとえば東京都と同程度の人口しかないチェコ共和国でも5日の時点で、およそ8万件が検査済みとなっている。EU最大の人口規模とはいえ約8300万人にすぎないドイツ連邦共和国でも、これまでにざっと90万以上の人が検査を受け、さらに毎日5万件程度が捌かれているという。

 この現状に不信を抱いたものか、在日アメリカ大使館は米国市民に帰国準備を呼びかけた。「日本政府が広範囲に検査を行わないと判断しているため、どれだけ感染が広まっているか正確に把握することが難しい」と指摘した旨、報じられている。

 意図がわからないから不信が募る。これについて『日経新聞』は「日本のコロナ検査数が少ない理由は?」という記事で、「病床のパンクを懸念」しているためだと分析してみせた。

 われながら極端な連想だが、熱帯多雨林のひろがる南方の戦域にあって、帝国陸軍はどうして短機関銃を戦争末期まで積極配備しなかったのか──という問いを思い出してしまった。これは、弾薬の生産が追いつかなくなる懸念からだそうだが、レイテ島や沖縄戦ではまとまった数が投入されたというのだから、それまでは前線の将兵が出血を強いられたという印象は拭えない。つまり、病床にしても、兵站上の懸念がいつものとおりネックとなる。無い袖は振れないのだ。

 くわえて訝しいのは、この期に及んでいまだ「緊急事態宣言」が発出されていないことだ。専門家会議をはじめ、各方面から一刻も早い宣言が望まれているにも拘わらずである。影響を最小にすべく、検討を重ねている──のもわかるが、これでは「布マスク二枚」をつかまえて、呑気な政治の象徴と揶揄されるのも無理はない。

 しかし、政権にいつもは手厳しい勢力から、援護射撃もきていた。先月30日付の『朝日新聞』による「蛇に見込まれた蛙」の寓話である。

  蛙は、ひとたび跳躍を開始すると空中で方向を転換することができない。そこを蛇に襲われる危険がおおきい。それで、なるべく遅いタイミングで回避行動をとりはじめようとする。いっぽうの蛇も方向転換が効かないうえ、あたかも一発装弾の先込め銃に似て、いちど喰いかかってしまうと、ばねのごとく身体が伸びきってしまい、即座に蛙を追撃することができない。そこで逃してしまう。蛙が跳びあがったのちに、飛翔経路を予測するのが理想である。結果、蛇と蛙は睨み合うが、俚諺に言われるのとは異なり、蛙にしても恐怖のあまり身がすくんでいるわけではないのだ──という趣旨で、京都大学大学院理学研究科の研究を紹介している。相手よりも後に動くことが有利、という解説である。

 朝日新聞社にとって、政府は蛇なのか、蛙なのか、それは知らない。いずれにせよ、緊急事態をいちど宣してしまえば、出口の見えぬ持久戦に突入することはまちがいなく、慎重に時宜を見極めんとするのも、もっともである。しかし、それで獲物を逸してしまえば、本末もなにもあったものではない。「大本営発表」による感染者の数字が過小であるためなのか、日本の内と外で危機感の温度差が大きすぎるようにも感じる。北半球の主要各国では、数週間もまえに水際作戦のみの局面を終えている。日本でもすでに本土決戦に移行しつつあるが、いかんせん敵は目に見えぬのだった。

 

*参照:

www3.nhk.or.jp

www.nikkei.com

www.nikkei.com

www.nikkei.com

www.nikkei.com

www.huffingtonpost.jp

www3.nhk.or.jp

news.yahoo.co.jp

jane.or.jp

www.nikkei.com

www.jiji.com

www.kyoto-u.ac.jp

digital.asahi.com

 

*追記:

www.jiji.com

www.bbc.com