ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

それでも家に居ろ。

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 オリンピック東京大会の延期が、ほぼ決まったようである。

 国別のメダル獲得数の一覧を目で追うかわりに、感染者数と死亡者数のグラフを眺める年になろうとは、だれも想像だにしなかった。

 北米カナダでは、この期に及んでもマスク着用の習慣が普及していないものとみえ、マスクをしたアジア系の住民がコロナ肺炎の重傷者と受け取られ、ヒステリーを起こした他の客と食品売り場で騒動になっている様子がSNSで話題になっていた。

 その点、大陸ヨーロッパで異彩を放っているのがチェコ共和国で、この国の公共放送では、記者会見にのぞむ閣僚、国民向けの演説をぶつ首相から、アナウンサー、レポーターに至るまで、画面に出る者は皆マスクをつけている。これは国の緊急措置の内容によるもので、たとえば隣の旧宗主国オーストリアや周辺国の放送では見られないことである。スタジオまで何かに汚染されているかような異様な光景ではあるものの、すでに外出時には義務付けられているマスク着用を視聴者に促すとともに、以前は見慣れなかったマスク姿の人びとに住民が違和感を覚えなくなった、という効果もあったにちがいない。

 マスクの有無に拘わらず、欧州では夜な夜な国家の元首や政府首班が、映像で国民をじかに激励し、感謝を述べ、また檄を飛ばしている。われわれはこの戦いに必ず勝利します──などという言辞は、もはや平時のものではない。むろん、ほんとうに引き鉄を引きかねない国もあるにせよ、いまのところまだ早まったまねをせずにいる理性的な人類ではある。

 しかし、理性を失いつつある兆候もある。BBCが報じたところによると、48時間勤務を終えた医療従事者が、帰路スーパーで空になった棚を見、SNSで窮状を訴えた。これが反響を呼んでいるそうだ。この非常時に事に臨んでいる現場関係者には、国家が特別の措置をもって報いるべきであろう。ほかにもロール紙をめぐって殴り合いが起こるなど、暴動が今にも起きそうな地域もある。

 そうでなくとも、不要不急の外出を控えよとか、禁じるとなると、やがてはだれでも精神的に参ってくる。政治家の悪口を言ったり、嫌いな隣国を罵ったりして溜飲を下げるくらいは互いに大目に見てもらうとしても、いずれ限界も来そうだ。

 もとより外食という選択肢はないうえに、食料品店の在庫状況によって、また買い占めの予防措置が講じられでもすれば、自宅にある食糧の残量も気になってくるかもしれない。言うまでもないが、収監されたにひとしい状態では心理的にも危険である。

 数年前『文藝春秋』誌に載っていた佐藤優の書評記事によると、人間というのは獄中にあると、食べることに対する欲求が肥大するものだという。これは多くの証言するところでもあるが。監獄を擁した旧司法省としても暴動の危険性を恐れて、食に関してはそうとう配慮していたらしい。昭和の脱獄王に取材した、吉村昭『破獄』を紹介した記事であった。

 戦中の帝国日本では、一般臣民の米の配給量が1日あたり2合3勺で、重労働従事者は4合であった。これが農業生産や戦況の悪化で充足されなくなり、豆や麦や雑穀で補われるようになってゆく。ところが全国の監獄では囚人に、米四に対して麦六の割合で、1日あたり6合が供されていた。これに農林省からけちがついた。国じゅうが窮乏している折り、一般の倍以上の食糧を囚人に配食するはいかがなものかと。司法省側は、囚人の情緒の安定、ひいては監獄の安全な運営のためにと抵抗するも、けっきょく譲歩せざるを得なくなり、1944年8月1日から米と麦を4合5勺に減じ、そのぶん大豆1合5勺によって補填することとされた。

 ここまでいかずに済むことを祈るばかりだが。世界の報道と「現金給付」の議論を比べて眺めるに、日本はまだ平和な「昨日の世界」を生きているようにも思える。「早くても5月末になる」というコメントも閣僚から漏れたが、その時点で封鎖されていない都市が国内に残っていれば、たしかに可能であろう。

 

*参照:

www.bbc.com

www.bbc.com

www.bbc.com

www.bbc.com 

破獄(新潮文庫)

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*上掲画像はWikimediaRationing