ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

スロヴァキアの弾丸

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c2/Locomotive-cz-M290-001.jpg

 報道によると、「飛翔体」という語が、ぴんとこないからというような理由で政府の発表から除かれたそうである。

 北朝鮮がさかんに試射しているものは「ミサイル」と推定されようところだが、これは自衛隊用語ではよく「誘導弾」と呼ばれる装備である。したがって、誘導装置が搭載されているかどうか定かではない北朝鮮のそれを「ミサイル」と断言するのを避けるための「飛翔体」呼ばわりだったのであろうか。それとも、そもそも何を飛ばしているのかすら、じつは判明していなかったものか。いや、判明していたとしても、われらが政府は情報収集能力の程が露呈しないように婉曲表現を使いたがっているのだろうか。あるいは国連決議違反の事案にしたくないと……。だが、それしきの理由で「飛翔体」と言っていたのであれば、もう「ミサイルのようなもの」と言い換えるしかないのではないか。「バールのようなもの」と同様の誹りは免れないが。とまれ、報道が事実であれば、今後どのような表現が使用されるのかは見守るほかない。

 さて、チェコ語には飛翔体に相当する「střela」という語があって、矢、弾丸、弾薬を意味し、一撃、ショット、シュートといった語義もあるが、けっきょく「raketa」の一種としてのミサイルを指す一般的な謂いとなっている。飛ばせるものなら何でも指すことができそうな汎用性だが、さらに比喩的には「速い列車」を意味する場合すらある。飛翔こそしなくとも。

 戦間期チェコスロヴァキアが誇った「弾丸列車」が、80年以上も前のもとの姿に修復されつつあるというニュースが先日あった。とくに塗装に関しては、往時の色が忠実に再現されたそうである。公称はわからないが、深い朱色を帯びている(Oprava Slovenské strely končí, barvu jsme trefili správně, říká ředitel kopřivnického muzea Jurkovič)。

 ものは、モラヴィア地方ノヴィー・ユィチーン近郊、コプシヴニツェにある博物館の館蔵資料で、8月の公開を目指している。地元で創業されたタトラ・トラック社の前身企業によって製造された。型式を「M 290.0」あるいは「Tatra 68」と称するも、一般的には「スロヴェンスカー・ストレラ」の愛称で知られる。

 車体前面の流線形が美しいが、当時の軍事科学研究所での今でいう風洞実験を経て設計されたのだという。その甲斐もあってか、最大速度は時速130キロに達し、1936年6月3日の試験走行時には、じつに時速148キロという数字も記録されたと伝わる。新幹線の速度を知るわれわれには大したこともないように思えるけれども、南満州鉄道の特急「あじあ」に用いられた川崎車輛製蒸気機関車「パシナ形」とて、同水準の速度といった時代であった。

 その走行性能をもってして、プラハ=ブラチスラヴァ間の397kmを4時間半ほどで結んだ。最終的に1938年からの時刻表では、所要4時間18分となっているが、これは途中3分間のブルノ駅停車を含む時間だという。そこでついた名が「スロヴァキアゆきの弾丸列車」というわけだが、件のstřela(ストシェラ)も、スロヴァキア風にstrela(ストレラ)として命名されたものであろう。この愛称自体は、今もって最新の時刻表でも引き継がれており、現役の機材で運行されつづけている。

 1936年7月13日に導入された時点で世界唯一であった、と学芸員が胸を張るのは、「elektromechanická soustava」などと呼ばれている駆動ユニットだが、要するにこれが電気モーターと内燃機関のハイブリッド動力なのである。発進時などは、低速域でもトルクを発揮する電動機で、時速約82キロを超えた巡航時には、高速でも効率の良い内燃機関を用いたというから、もうトヨタ・プリウスと変わらぬ発想ではないか。同年2月という差し迫った段階になっても、開発ティームは走行試験の結果に満足できず、主動力をディーゼルからガソリン・エンジンに換装してしまったという。「Tatra 68」とは、もともとこのエンジンの型式名であった(ディーゼル・エンジンの名称を「Tatra 67」と言った)。──そんな労作も、製造された全2輛のうち、1輛が現存するのみである。

プラハ発 チェコ鉄道旅行

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  • 発売日: 2018/08/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

*各種作業の様子(動画):

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*参考:

www.asahi.com

parostroj.net

 

*上掲画像はWikimedia