ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

オストラヴァにおける拳銃乱射事件

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 チェコ共和国第三の都市、オストラヴァで12月10日の朝7時すぎ、銃の乱射事件が発生した。現場となったのは日本でいうところの大学病院で、6人が死亡、3人が負傷した。被疑者の男も、のちに自ら頭を撃って死亡した。

 警察が最初の通報を受けたのは7時19分。施設の性格上、混乱した現場にはおよそ300人がいた。隣接した教育施設は閉鎖された。病院から6キロの地点で、被疑者の車が発見され、11時すぎに警察が到着した際には、まだ被疑者の息はあったものの、30分後、死亡した。首相のアンドレイ・バビシュは外遊の予定をとりやめ、午後には現地入りした。

 オストラヴァは、モラヴィア領シレジア(モラフスコスレスキー県)の中核都市である。13世紀にはすでに都市が成立していたとはいえ、18世期後半に炭鉱が開設されるまでは、ほとんど歴史家に注目されることはなかった。1763年、肥沃なシレジアをめぐって普墺間に7年つづいた戦争がようやく講和をみた頃、この地で石炭が発見されたのだった。1830年代にウィーン=ブルノ間を開通させた「皇帝フェルディナント=北部鉄道」はその後、ブジェツラフからホドニーン、プシェロフ、オストラヴァを経て、クラクフまで軌道を延伸してゆく。──要は、帝国のエネルギーを支えた重要地域だったわけだが、21世紀、地球温暖化が問題になるにつけ、石炭が槍玉に挙がっているのは周知のとおりである。1990年代をピークに減少しつつある町の人口も、現在30万人弱で、今後もさらに減少するとみられる。

 さて、どうも被疑者は、疾病を抱えて苦悩していたらしい。男は42歳の建設技術者であったが、ひと月ほど出勤しておらず、ここ2週間ほどは正式に病気による休職扱いとなっていた。メディアもさかんに周囲に聞き込みをしているようだが、こうした場合、おそらく仔細は出てこないにちがいない。職場で報告する際にも、「病気」といえば「病気」であり、それ以上の具体的な病名や症状が語られることは稀である。とまれ、医療機関が検査は繰り返すものの、なかなか治療を実施しなかった(と男は語っていたらしいが)ことから、男は疾病が癌であると確信し、また社会に見捨てられたと絶望し、犯行に至った……という推論が報じられている。

 あり得ないことではない。チェコの制度では、掛かり付け医にかかったのち、その指示で、特定の専門的な医療機関に送られる仕組みになっている。こうした制度は、国民全体の医療費を抑制するには効果的だが、利用者にとってはセカンド・オピニオンが得にくいなどの短所もある。ひとつの系統にしぼられた医療関係者全体に不信を抱いたとしても、ほかに助けを見出すことが容易ではないのだ。

 国外のメディアも、比較的治安の良い国で起こった事件を驚きをもってつたえているが、たいていはチェコ共和国の政策を絡めており、そのあたりが国内メディアの報道と異なっている。というのも、事件のタイミングが悪かったのだ──EUの半自動小銃の規制強化にたいして、チェコ政府は異議申し立てを行なっていたのだが、ちょうど一週間前の12月3日に、欧州連合司法裁判所によって棄却されていた。

 2017年にチェコの下院が武器の法規を緩和した件が大きく報じられたことも、記憶に新しい。欧州連合が当時、ISISに絡んだテロ事件の頻発に悩まされ、銃規制の強化を進めていたところで、それと真逆の対応だと非難された。憲法に則り、市民が武装する権利を擁護する旨のチェコ側の主張であった。それも、テロリストが攻撃手段を調達する機会などは度外視して、自衛による自国民の安全を優先した結論とはいえる。だが同時に、EU内の列強にたいする国民的な劣等意識に配慮した、ポピュリスト的な対抗措置にみえなくもなかった。

 ボヘミアモラヴィアは歴史的な武器の生産地帯であって、現在も、とりわけ小火器に関してはチェスカー・ズブロヨフカ社を擁している。ちなみに2017年当時、国内ではおよそ30万人の登録者が、合計80万挺ほどの拳銃および小銃を合法的に所持しているとされていた。今回の凶行に使われたのは、ほかでもない、共和国が誇るベストセラーの大型拳銃「CZ_75B」であった(報道記事には「ベレッタのようにみえた」という目撃者の証言もあったが)。ともかく「合法的に入手されたものではなかった」という警察の発表も、弁解じみて聞こえよう。

 

*参考文献:

www.bbc.com

 *追記:

www.afpbb.com