ウラシマ・エフェクト

竜宮城から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。日欧ブログ……?

南アは、チェコ語でも一語でいえない件。

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 ラグビー・ワールドカップで、南アフリカに注目していたところ、むかしチェコの大学で、南アフリカの演劇文化についての講義を受けたことを思い出した。内容はほとんど頭に残っていないが。
 講師は、かのペトル・オスルズリー教授。日本での知名度となるとくらぶべくもないが、ヴァーツラフ・ハヴェルらと並び称される演劇人だった。そのころ行きつけのカフェで偶然、バイトのウェイトレスがオスルズリー先生の娘だと知ったときなども面白かった。それで、なんだか身近に感じるようにもなったが、ちょっとしたカリスマには違いなかった。

 

 あのころ感じたのは、東京都よりも小さい人口規模の国で、独自の言語による高等教育となると、やはり困難があるということだ。教材・教具の問題にしぼってみよう。いまではだいぶ改善されたと思われるものの、とくに文系の場合、問題は当該言語で文献が入手できないことである。
 典型的には、来週までにモリエールを読んできなさい、とか、コルネイユの『ル・シッド』を読んできなさいとか、学生が授業で言われたときの場合だ。
 稀覯本やマイナーな作品や学術書ならともかく、上記のような古典的な作品であれば、日本なら、図書館に行ってもよいし、どこかの駅前の書店に行けば〈岩波文庫〉や〈新潮文庫〉で手にはいるだろう、などと見当がつく。英語圏でもドイツ語圏でも同様だろうが、なかんづくドイツ圏ならば、〈岩波文庫〉のもとになったという〈レクラム百科文庫〉があって、教育の場でも遺憾なく活用されている。
 これがチェコ語で、となると、話は違ってくる。ある作品について、どうやら1970年代に翻訳が出てるようだ、と仮にわかったとして、調べてみると──たとえば、学部の図書館に1冊、大学図書館に1冊、他所の学部の図書館に1冊、地元の市立図書館に1冊と所蔵されていると仮定すると、つまり町では4冊のみ入手可能ということになる。だが、気がついたときにはすでに「貸し出し中」である(「館外持ち出し不可」というような資料だったならば、各自が全ページをコピーしてしまう手もあったが)。受講している学生が、たとえば50人いるとすれば、残りの46人はどうしたらいいのか。自宅にあればよし、家族や友人知人が所有していれば運がいい。芸術アカデミーの寮の図書館に1冊所蔵されているらしいので、だれかコネがあったら……とか、隣町の町立図書館にある、とか、首都の国立図書館まで借りにいこうとか、古書店を片っ端から当たってみようとか……。期限は1週間、実質は数日である。

 いまでは出版の点数も増えたし、日本の文庫や叢書のような出版物もよくみられるようになった。共産時代にもそうしたものは存在はしたが、つねに在庫があったとは考えにくい。とくにかつては紙不足が深刻だったようで、1990年代初頭までの出版物のなかには、1冊のうちで紙質が2回、3回と変わる本などもよくあったものだ。
 だが根本的な問題は、なんといってもチェコ語を話す人口(つまり市場)が限られているがために出版部数が少数であることで、どんなメジャーなタイトルでも新刊が出たらそのときに買っておかないと、数年を待たずして品切れとなり、重版される望みはひじょうに薄い。
 それも、いまでは事情が変わってきた。オンデマンドや電子書籍という手がある。これは大きい。予算の関係からか日本ほど一般的でもなかったものの、あまり大部でないテキストのようなものならば教師がコピーを配ったりしたが、のちにはオンラインでpdfファイルなどで共有されるのが普通になった。が、すでにあの時代にも、誰が作成したのかわからない不鮮明にスキャンされた書籍のファイルが、メールなどで学生の間でひそかに流通することも、あるにはあった。映画などに関しては、不便な映画学科の資料室などが敬遠される一方、専用の「サーバー」が何者かによって運営されており、誰かにアクセスの方法を教えてもらうと、大量のタイトルがダウンロード可能だったりした。YouTubeができる少し前の時代だったが、p2pが流行った頃かもしれない。これらはソ連・東欧サミズダト文化の名残りのようなものにも思えたけれども、どうも欧州に共通する学生文化ともいえそうで、いま海賊党がひろく支持を拡げている素地でもあろう。海賊版と呼ぼうが、違法コピーと呼ぼうが、それができなければ、学ぶ機会や知る権利が奪われるし、横暴な為政者などに抵抗する術をも失う。ダウンロードする権利は基本的人権というわけだ。
 とまれ、件の授業のときも、ある作品について、先生は古典であり必読と仰るが、どうやって入手したらいいのかすら、よくわからない。それで、あるとき学生のひとりが不平を漏らした。すると、オスルズリー先生応えて宣く──文献を入手するのは学生の仕事、学習・研究の一部であって、教師はそれに責任を負わないから、どうにかして都合をつけて、来週までに読んでこい、と。


 どうやってあの試練を乗り越えたのか、残念ながら覚えていない。けれども、あの講義のときに、なんらかの課題レポートを書いたことだけは覚えている。同級生の子にチェコ語をみてもらった記憶があるからだ。添削してもらったのかどうかまではわからないが、一点だけ確かなのは、南アフリカの国名について注意されたことだ。──*Jihoafrikaとはいわないと。
 かの国名は、いくつか表記の仕方がある。Jižní afrika("南の・アフリカ")、Republika Jižní Afrika("共和国・南の・アフリカ")、Jihoafrická republika("南アフリカの・共和国")、JAR("南ア")といったヴァリエーションである。そして、形容詞として、jihoafrický(南アフリカの)という語はあるが、それを名詞にしたような*Jihoafrikaという語は存在しない。──しないが、いうことをきかないオートコレクト機能が苦手だった当時のMS-Wordで、ごちゃごちゃ書いているうちに、そういう誤記をしてしまったのだろう。余計な自動入力は率先してやるくせに、そういう肝心なところでは訂正してくれないのが、あのマイクロソフト製のワープロなのだ。
 英語で一語に収まる国名が存在しないことがコンプレックスであったチェコ共和国(The Czech Republic)の人々が、勝手に"Czechia"という語をつくって世界に広めようと腐心している一方で、チェコ語にも南アフリカを一語で言い表わす語はないわけだ。いずれにしても、チェコ語ではよくある形容詞の造語法にからんだ、学習者にとっての問題ともいえそうだ(例えば、北朝鮮なら、Severní Koreaとseverokorejskýとか)。
 ユィジュニー・アフリカJižní afrikaとはいうが、ユィホアフリカ*Jihoafrikaとはいわない──ラグビー南アフリカ戦を観ながら、なんとなく呟いてみたのだった。

地球の歩き方 E10 南アフリカ 2018-2019

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レクラム百科文庫―ドイツ近代文化史の一側面

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