ウラシマ・エフェクト

竜宮から帰って驚いたこと。雑感、雑想、雑記。

ザッハートルテ【麦酒】

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Lucky Bastard/ Hellstrok Sacher dort

 

 ザッハートルテといえば、ささやかではあるにせよ、ウィーン観光の目玉のひとつで、これをアインシュペンナーやメローンジュと呼ばれるコーヒーといっしょに試食するのを、世界中からやってくる観光客がたのしみにしている。

 国立歌劇場(シュターツオーパー)の裏手の「ホテル・ザッハー」と、ホーフブルク宮から伸びる通り(コールマルクト)にある「カフェ・デームル」の2軒で、それぞれのザッハートルテを味わうことができる。あたかも「元祖」と「本家」に相当するような按配である。同ホテル(前者)の創業者が若き日に修行したのが、帝室御用達の同カフェ(後者)だったわけだが、両者の距離は直線で500から600メートルしか離れていない。

 黒色にもちかいチョコレートの糖衣に覆われているが、ひと切れの断面を見ると生地は層状である。小麦粉やバターからできた甘いチョコレート色のケーキで、杏のジャムが甘酸っぱいアクセントになっている。

 

 さて、現在のチェコ共和国は「継承国家」と呼ばれる旧帝国領であるにも拘わらず、帝都ウィーンほど洗練されたスウィーツの類いが見られないどころか、貧相ともみえる惨状を呈しているのは、なぜか。生活水準の問題だ、といわれてしまえば身も蓋もないが、そもそも戦後のいわゆるベネシュ大統領令によって、「ドイツ人」とともにそうした文化が放逐されてしまったことが致命的で、共産化以降は「ブルジョワ文化」と見做されるような文物が敬遠されたことも理由だろう。「民族の意地」なんぞにあまり拘泥しすぎると、長期的には手痛い損失を被る──という点は、現代では英国のEU離脱にも通ずるような寓話ではなかろうか。

 

 ところで、「ザッハートルテ "括弧ビール"」とは、いったい何のことか。

 文化的貧困という旧宗主国へのコンプレックスを、ビール醸造において果たそうとした、モラヴィア醸造家による、いわばリヴェンジのようなもの、であろうか。

 「ウィーンの郊外」という異名──つまり、地理的、文化的にウィーンの延長にすぎないと揶揄されたブルノ市にも、さいきんは洒落のわかるブルワリーができていて、クラフト・ビールを出荷している。〈Lucky Bastard〉は、新興かつ小規模な醸造所ながら、見学させてもらう機会を得た数年前にはすでに、地元では定評があった。

 

 今回、店主の話によると樽4本分しか製造されなかったというビールの、貴重な1杯をいただいた。

 名称からの連想で、この国によくある出来損ないの自称クラフト・ビールにありがちな、どろどろに甘い、とても飲めたものではないような代物なのではないか、という憶測をもったが、杞憂だった。そこはやはり、さすがに〈Lucky Bastard〉だとおもった。

 色は漆黒、香りはご想像の通り、コーヒーないしチョコレートで、フルボディーではあっても、トルテというほど甘くない。むしろ、杏のジャムを模したものか、爽やかな酸味が支配的だった。

   

  • 名称:Lucky Bastard/ Hellstrok Sacher dort
  • ビアスタイル:フレイヴァード・ミルク・スタウト
  • 初期比重:17°
  • アルコール(ABV):6.8%
  • 醸造者:Středisko Pivovar Lucky Bastard
  • 生産地:ブルノ、チェコ共和国

  

   

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b8/Sachertorte_DSC03027.JPG

    * David Monniaux [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/)]

 

参考)

edition.cnn.com

 

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