ウラシマ・エフェクト

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"ブレグホウク"?──チェコ軍次期汎用ヘリ機種選定の行方

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photo by urashima-e

 2019年末までに、Mi-24/35の後継として12機の双発汎用ヘリを取得する旨、チェコ共和国国防省が発表した──とニュースにあったのは、数か月まえのことだった。

  ところが、発表は曖昧すぎた。このMi-24、あるいはその後期輸出型のMi-35は、NATOコードで「ハインド」と通称されるヘリコプターで、旧ソ連の一種独特なドクトリンのもとに設計されたため、戦闘ヘリでありながら兵員輸送ヘリを兼ねるユニークな仕様であった。それだから、これを代替しうる機材をあらたに調達するといっても、具体的な機種としては、何をさしているのか予測しかねた。多目的、多用途、汎用などと訳せる"víceúčelový"とは記事にあったが──

 平成が令和に変わるころ、ついに具体的な機種名が報道に登場した。それによると、2017年に米議会がすでに販売を承認していたというUH-1Yヴェノムにくわえて、UH-60ブラック・ホークが候補に挙がっている。さらには、5月にはいって、米議会がその販売を承認したという報道には、あらたに攻撃ヘリAH-1Zヴァイパーの名もあった──まだチェコ側が購入を決定したわけではないが。

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 チェコ人は「ブレグホウク」というように発音するが──UH-60ブラック・ホークが本命だろうか(報道記事の論調や写真からはそう思える)。が、高価すぎて陸上自衛隊も調達を中断したUH-60である。もう一方の候補、UH-1Yヴェノムは米海兵隊が装備している機材で、洋上運用のための塩害対策が徹底されているといっても、海のない内陸国の軍隊にはアピールしないだろう。

 先日、日本の防衛装備庁に納入されたSUBARU製XUH-2(いずれUH-2となるのだろうが)は、ふたを開けてみれば、双発化されたUH-1のようなものだった。現有のUH-1Jとあまりかわらないとすれば、はじめからUH-1Yヴェノムでよかったのでは……いや、ひょっとすると、実質は国産化のためにダウングレードされたヴェノムなのではないか──という印象があった。防衛省の「次期多用途ヘリコプター導入計画(UH-X)」に談合疑惑が持ち上がり、いったん白紙化されるなど、迷走した挙げ句の果てがこれだったのだ。ところが歴史を紐解けば、米軍では当初HU-1と呼称されたが、初飛行はじつに1956年である。基本設計が古い、という批判には耐えられまい。ならばいっそUH-60を、というチェコの関係者の心情が類推される所以である。ただし、攻撃ヘリAH-1Zヴァイパーが同時に導入される前提があるならば、8割以上の部品が共通化されたUH-1Yヴェノムが優位に立つ。けっきょくは予算次第となろうか。

  

 チェコ国防省アメリカの対外有償軍事援助で調達するというが、ここに日本と共通した面も垣間見える。米トランプ政権の圧力である。貿易赤字の是正をもとめられた安倍総理が、高価な防衛装備を輸入せざるを得なくなったという批判があるが、日本だけが標的になっているわけでもあるまい。さらにNATO加盟国が軍事予算を出し渋っているという批判がトランプ政権から出ていたが、これもなにもドイツだけをさしたものではない。

  チェコ共和国軍の主要装備は、「ヨーロッパ通常戦力条約」によって制限されている。条約にもとづき、戦車957輛、装甲戦闘車1367輛、口径100ミリ以上の火砲767門、戦闘用固定翼機230機、そして攻撃ヘリコプター50機を保有することが認められている。東西冷戦終結直後は「制限」だったのだろうが、いまではアメリカにとって、防衛分担のための期待値でもあろう。小国にとってはおよそ達成不可能な値ではあるにしても、少なくとも自衛隊に対するのと同様の、負担増への期待がかかる。

  わかりやすいのは戦闘用固定翼機で、230機までとされているが、実態は、2027年までのリース契約で運用しているJAS-39C/Dグリペンが14機あるだけで、軽攻撃機のL-159"ALCA"で水増ししても、合計で36機が報告されるのみである(2019年1月現在)。

 問題の戦闘ヘリはMi-24ないしMi-35で、50機までのところ、実際の保有数は17機となっている。(汎用ヘリについては規定外で記載がないが、すべてを合わせると、チェコ軍はヘリコプター全般を41機保有していると報道はつたえている)。*参照: Přehled hlavních druhů techniky a výzbroje (stav k 1. lednu 2019)

  

 旧共産圏だった新手のNATO加盟国は、徐々に旧ソ連製の装備を西側製に更新するなど、装備の充実を図ってきたが、チェコはその進捗ぐあいにしてもひどいものだった。ロシア製のロートルをいつまでも運用するのも肩身が狭く、ここにきて、12機とはいえ、高価なヘリコプターを購入する必要に迫られている──というところかもしれない。

 さらに、対テロ戦争の収束がみえてきた米軍が、装備の調達計画をキャンセルする報道も最近つづいていて、チヌークのようなヘリコプターの調達も中止されたようだ。そうなると、米国のメイカーが輸出に活路を見出すのも当然で、ヴァイパーなどはチェコだけでなく、離島防衛の体制づくりを急ぐ陸自に対しても売り込みが激しくなるのではなかろうか。

 とはいえ、陸自にとってヘリ調達は鬼門らしく、かつてAH-64Dアパッチ・ロングボウも62機を計画しながらも、13機しか調達できなかった。その結果、維持費も割高となったはずで、もとより部品調達にも支障をきたしていたためか、稼働率も低迷しているともいわれ、昨2018年の墜落事故では貴重な1機だけでなく搭乗員2名をも失ってしまった。チェコの12機の「ブレグホウク」の行く末が案じられるところでもある。

 

参考)

news.militaryblog.jp